2011年12月31日土曜日

安全神話の「壁」崩落、衝撃の一年を回顧する

Stoß der zerstörten Wand oder gefallenen Mauer, eine Rückblick
【2012年1月1日(日)、更新】
 東日本大震災(2011年3月11日)は、22年前のベルリンの壁崩壊(1989年11月10日)に比肩する、壁崩落の事件だった。貸し借りを含む分別の世界を、根底から揺るがす大地と大海の力に、驚愕し言葉を失わなかった人はいない。「想定外」の津波被害を食い止めるために築かれた、釜石が自慢する世界一のスーパー堤防(壁)が脆くも崩れ去った。東京電力福島第一原子力発電所の原子炉建屋の壁が、水素爆発で無惨に崩れ落ちた。近代科学に胡座をかいた安全神話の壁が、ことごとく崩れ去ったのである。一連の出来事を目の当たりにして、茫然自失に陥らずに済んだ人は事実一人もいなかった。リーマンショックの衝撃で世界の経済が一挙に混迷し、世界的金融危機に陥って以来の、地震と津波と原発事故という三重苦の傷跡が癒えぬ間に、我々は満身創痍で新年を迎えようとしている。これが予兆に過ぎず、今度は大空の異変から何が起きてもおかしくない、地球文明の破局さえ予感する人がいる中で、大地と大海と天空の運動に翻弄されるだけの、塵にも等しい人の存在に、我々は何を期待できようか。
 いったいどの様な仕切り「壁」を築けば、人間は自然の脅威から身の安全と保証を確保できるのだろうか、深く考えされられる一年であった。「自然の精神」を詠い、超越論的構想力を以てして、自然を越える働きを手中に収めたはずの人間が、「未成年状態」に逆戻りしているのはなぜか。啓蒙主義以来の理性主義(理性神信仰)が、「言葉」という壁の上限を穿った(が、依然「言葉への途上」にある)のに対して、「想定外」の名目で「無」という壁の下限を疎かにしていたツケが回ってきたのだ、と言うことも出来よう。自然の働きは法則を「説明する」ことで納得されようが、社会(ゲゼルシャフト)を構築する人間の働きは説明だけでは足りない、なぜ未だに「未成年状態」であるのか、(行為者の主観的意味を)「理解する」ことが必要とされる。或いは、それだけでもまだ何かが足りない。壁となって働くモノを観る・しるしを見届けることが、来る年の最重要課題となるはずである。壁という概念は多義的だが、さしあたり人格性・身体性の意味で理解しておきたい。
 「理解社会学の工房」では、本年度ヴェーバーよりもフッサールとハイデガーにシフトしたブログを多く掲載してきた。その理由は、大学でのテクスト研究の要請に拠るほかに、来年5月に開催されるプラハ会議での講演を準備する目的からである。読者には、その点をご理解いただきたい。社会言論の世界は、強い風に吹き飛ばされるか大海の波間に漂流する言の葉のモザイク模様、乱舞する表層面に惑わされてはいけない。働くモノは大地深くにあり深海にあり天空の彼方にあり、我々の身体性の秘密を紐解く鍵となる。諸君が神の存在を否定するなら、それに代わって現に其処で自分の壁となって働くモノをしっかりと観るか、崩落した壁にしるしを読み取ることで、納期の迫った師走を背後にしつつ、無事で新年が迎えられるよう祈るほか無い。痛みを伴う決断を先送りすると生涯デフレに陥るので、我が身の人生の納期を自覚し先駆的に死へと歩むにしても、或いは「復活の未来」から今を生きるにしても、「平常底」の決意を常に新たにすることで、青天霹靂の年末年始を迎えて欲しいと願う次第である。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011 / 2012, by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年12月11日日曜日

「目白押し」のXmas-豊かさと貧しさの記号論

Was dem Weihnachtenmarkt  fehlt,  zur Semiotik des Reichtums und der Armut
【12月14日(水)更新、改題、イラスト挿入】
 本格的なクリスマスシーズンを迎え、日本中が震災からの復興特需に肖ろうとして、どこも商いで大忙し。ですが、売りに出されている物と言えば、クリスマスとはおよそ無縁の "X"mas の特価品ばかり。目玉商品というと、クリスマスの時期に乗じて発表される新製品でしょう。例えば、目を見張るダイヤの指輪であったり、お買い得のドレスやバッグに乳母車付きであったり、最先端技術と流行を生かした新車やパソコンであったりします。特製のクリスマスケーキは欠かせないとしても、クリスマス事件の本体に代わる目玉とは言えません。流石に(かつてのキリスト教諸国である)欧米では、クリスマスの工芸品が「目白押し」と言ったところでしょうが、これは装飾品の類です。押し出された子が端っこに行って、中にいる子を押し出すゲームのように、クリスマス祝会ではぐるぐる周りの押しくらまんじゅう、目玉のプレゼント(my X)にたどり着けばそれで御の字、「目白押し」は豊かさの象徴ですね。秋から冬にかけて小鳥のメジロが枝に留まるとき、押し合うように横並びする可愛らしい群れの習性から来たと伝えられています。最新鋭のi-Padやスマホ欲しさに、君たちも早朝から店頭に立ったとき、寒風に震えながら「目白押し」に並んだことがあるでしょう?
     
なるほど、町のクリスマスは目白押しで賑やかに見えますが、しかしその始まりは貧しい人々の祭りごとでした。マタイ福音書(2章)が伝える三人の博士(星占いの学者先生たち)は特例枠として、ルカ福音書(2章)が語り伝える羊飼いの訪問や馬小屋での誕生物語で知られるのは、そのいずれも裕福ではない。その反対に、むしろ泊まる宿さえない、ひどく貧しい佇まい(ein mangelhaftes Wesen an jede Substanzen)です。神が人の子として生まれたという「受肉」(Incarnatio)の出来事は、神(無限者)がご自分を貧しくする(有限を受け入れる)事件でした。その意味で、神の存在が豊かさの記号であれば、クリスマスで話題となる人(幼子イエス)のそれは貧しさの記号ですね。人の貧しさの中に豊かさを宿らせた事件だったというのも、一通り理解できます。
他方で、私たちが自然の働きについて語る場合、自然の恵みを豊かさと言うことはあっても、自然の脅威を貧しさとは言いませんね。自然がギリシャ語のフュシスからラテン語のナトゥーラに翻訳されて以来、生成消滅の消滅部分が消えて、生成し産出する側面だけが注目されるようになった。科学信仰に後押しされた発展思想の始まりです。だから最近では反省を込めて、生態学的危機に対処するには、ギリシャ的自然理解(大地の経験)に戻らないといけないという議論が盛んになりました。ハイデガーも『芸術作品の根源』で翻訳の問題を取り上げ、ギリシャ語のヒュポケイメノン(基体)がラテン語のスブスタンティア(実体)へと訳出されたとき、ギリシャと「等根源的な経験」が無いままで誤って実体と訳された経緯を問い質し、これは由々しき問題だと指摘し、ローマ的思考(「ローマ法」の上に築かれたキリスト教神学・スコラ哲学的存在論)を公然と批判しています。「ギリシャ的大地の経験とローマ的世界の原闘争」とは、相当に挑発的な物の言い方ですね。「物とは何か」という問いが「歴史的」だとすると、ギリシャを頂点とした「芸術の終焉」を語るヘーゲルを避けては通れません。真理論を時間論との連関で論じる際に、ヘレニズムとヘブライズムの何かが混同されていないか、問題が再燃しそうです。
通常、サブスタンスのある人(a man of substance)は「裕福な人・資産家」を指していることからも分かるように、スブスタンティア(実体)は豊かさの記号です。スピノザが『エチカ』で《神もしくは自然》を語り、神を「実体」と言うとき、実体が豊かさの記号であることが示唆され、議論の大前提となっています。したがって、貧しさの側面が記憶面から消えていったのは、自然の成り行きと言えるでしょう。クリスマス神話を紐解く鍵は、「自らを貧しくする」と言うケノーシス論の課題、ずばり記号論的な意味合いを持つ神話的言語事件です。
にもかかわらず、クリスマスと言うだけで新製品の発表に「目白押し」の来客を期待して、商機を捻出し画策する為には形振り構わない、入れるべき肝心の目玉がない・眼目を坐視した商慣習にはうんざりします。せめても、人形のダルマさんに「目を入れる」ような、それなりにクリスマスらしい目玉(メルクマール)が欲しいものです。社会言論としては、「らしさ」を演出するコマーシャル論の課題ですね。目玉に当たる「それ」がないと、「諒解関係」に必要な信頼価値が失われます。
そこで、最後に諸君に聞きたい。豊かさを決める自然らしさ・本物らしさ・人間らしさ・自分らしさの「らしさ」とは、いったい何でしょうか?
ヒント:「らしさ」については手持ちの辞書や事典で調べること。自分らしさの指標、時の重さ(豊かさ)を量るには、エスの天秤にかけてみること。(前回のブログ参照)

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the institute for Rikaishakaigaku

2011年11月22日火曜日

時に重さがあるか、エスの天秤にかけると…

Ob und wie die Zeit zu wiegen ist, die Rede vom "Es", was an und in uns wirkt. 
【12月07日(水)更新、改題・改訂、一部カット】
 周知のように、気象を含む自然現象の主語は、神話の主(神々)でなくエス(es, it)である。物理現象の因果関係に、起成因以外の説明は不要なので、非人称で中性名詞のエスが使用される。津波を伴い原発事故にまで及んだ今回の大地震は、通常海底プレートが移動する際の摩擦や歪みで生じたものと理解されている。最近では、地殻のマグマが対流を起こす結果だという新説が俄に注目されている。
 異常気象について最近の身近な例を挙げると、一方では北アルプスの立山連峰に氷河発見の報道(11月16日)があり、温暖化のせいで世界が氷河消滅の報道で沸き立つ中、今なぜ日本に氷河かと話題になっている。他方では、房総半島南部の館山の近海で珊瑚礁が発見され、年に14キロも北上したという報道(1月23日)が過去の記録を塗り替えている。そのいずれも、寒暖の差が産み出している「玉突き現象」である。
 自然には季節があり時間も繰り返すのみと理解されているが、自然の時間経過が必ずしも決まり切った循環(永劫回帰)を再現していないようにも見える点に、我々の関心が集まる。それでも、マクロ的にはそれぞれの起成因があり、すべてが熱エネルギー交換による必然の成り行きということになのだろうか。原子力発電の構想も核エネルギーの利用である限り、必然に端を発する多様な働き(過酷事件)に対応し得るかどうか、道具を使う人間の技量は、想定を超えて働くモノ(エス)の本質理解に於いて試される。技術開発による自然支配と征服という欲望にとりつかれた近代人(目的合理主義者)は、今一度、スピノザの世界(「神もしくは自然」)に学ぶよい機会かも知れない。
 さて、自然の時間経過と異なり、人間は固有のタイマー(時のセンサー)を持ち合わせており、自分を意識して対他的に語り振る舞う際の、言葉と行為の秤縄としている。たとえば、「光陰矢の如し」と言うは時の喩え、矢のように過ぎる時(光陰=日と月)は誰彼となく、ヒトに於いて働くモノ(エス)を内外に意識させる、光のメタファーである。存在の陰(影)を作るのは光だから、基本はバイナリーである。陰で量る日時計や慣用句の「お陰様」にして然り、バイナリー仕様のデジタルタイマーもまた、エスの働きを代行する妥当な時間算定システムとして、「手許存在」(Zuhandensein)を把握するに有用な道具と言えるだろう。
 過ぎ行く時の流れが早すぎて、「それ」(エス)は各自の悟性(理性や感性のフィルター)に言葉になる暇(いとま)を与えない。「秋もたけなわ」と感慨に耽り嘆息する間も与えず、唇寒し冬将軍の到来に慌てふためき、「何するモノぞ」と色めき恨み節を語る口実ともなる。猛暑の夏の後に極寒の冬到来で、春の息吹と秋の実りの時があまりに短く、気がついてみたら過ぎ去って其処にはない。四季が失せつつある変状を嘆くのは人間のみの語り草。「たけなわ」とは、比較的短い期間しか続かない状態を指して言われる、「酣」(酒に酔った気分で盛り上がる、酒宴のピーク、真っ盛り)或いは「闌」(尽き果てようとする、終わりに向かう、年の暮れ)と、二通りの漢字表記がある。酣や闌は音読みで同じカン、酣は今が「旬」、闌は今が盛りの「ピーク」を指す言葉、「今」は闌(訓読みで「たけなわ」)、ヒト(ペルソーナ)に於いて働くモノ(「それ」、非人称のエス)の秘密である。
哲学史上、時間はカテゴリーであり「直観の形式」であると、最初に定義したのはカントである。フッサールもこの点では変わらない。これに異議を申し立てたのが、プラグマティストで記号学者のチャールズ・サンダース・パースである。パースは「形式としての直観」を疑い、「直観ではない理解の様態」として「推論」を持ち出す。カント派の直観理解を否定し、「超越論的主体」に代えて個別の「経験的主体」を主張する点で他に例が無く、その是非はともかく(別途に論じることにして)、ソシュール以来の衝撃的なインパクトを私に与えた。議論の詳細は、サントリー学芸賞の対象となった菅野盾樹氏の『我、ものに遭う-世に住むことの解釈学』(新曜社、1983年)で確かめてもらいたい。重厚なドイツ系理想主義(観念論)哲学と異なる、フランス系哲学の軽快で自由闊達な思索を特徴としている。
いずれにしても、時間を刻む「もの」は、シンタックス上は非人称の主語エスに他ならない。カントやヘーゲル、マルクスやヴェーバー、フッサールやハイデガーの誰であれ、避けて通れない関門としてある。ブーバーが「根源語」としての『我と汝』(1923年)との関係でエスをネガティブに評価し、他方フロイトが神経医学的にポジティブに評価したエスは、万人に突きつけられた喉元の刃、患者が無意識に封印したモノが科学的に解明される(『夢判断』1900年)。今このブログを読んでいる君たちも、このエスの問題を避けては通れない。パースがこのフロイトを批判して、「夢見る」ことと「想像する」また「知覚する」ことの作用には、決定的な違いがあると主張する。実はこのエスは、対話の文法で露わとなるユダヤ的知性の秘密であり、これが意外にも現象学や社会学を含む諸科学が抱えるジレンマ解決へのヒントとなる。「神もしくは自然」・「神もしくは貨幣」という古典的モデルを解釈(非神話化・脱呪術化・脱構築)する際に、人格性(重さ)に対して非人格化(軽さ)の理解が常にネックとなっていた。働くモノとしての「それ」は、夢判断という深層心理学的な要件だけでは片付かない。私の関心としては、むしろ不在の仕方で働くモノ、つまり資本主義的精神の現象学、ひいては持論とするケノーシス論の要となる。
働くモノとヒトの理解は第三の解釈項にかかっており、根源関係を把握するには「解釈学的循環」を自ら敢行する真理論、個別には「存在の仕様・現存在の技法」(die Kunst des Daseins)が必要となる。したがって、あれかこれかの二者択一ではない。スピノザに於いては、「所産的自然」と「能産的自然」は同一なる実体(「神即自然」の存在≒働く物自体)の延長せる二つの属性であった。ギリシャ語からラテン語への翻訳がネックとなっていると、ハイデガーは『芸術作品の根源』(1935年)で指摘しているが、当然スピノザの古典的存在論もその視野にあろう。
カントは「物自体」を認識不可能としたが、ヒトに於いて働くモノの存在まで否定はしていない。それは働くモノの現象態であるから、フッサールにとっては現象学的認識の課題となる。パースの発問との調整は難題ではあるが、おそらく長山恵一氏が説かれる「理解社会学と精神科学(精神療法学)」の立場であれば、了解可能な接点を見出し得よう。
ところで、流れる時の速さに重さが関係していようか。通常、軽ければ流されやすく、身の軽さが見くびられたり軽くいなされたりする原因となるが、反対に重ければ流れが悪く、吹き溜まりとなるかいずれ渋滞する。時の流れの速さ遅さは、軽さ重さと無関係ではない。充実した時間であれば短く軽快に感じられ、退屈で空疎な時間帯は遅く鈍重に感じられる。では、時間は質量の問題でなく、感性が受容する意味論的仕様であると言えるだろうか。エスの天秤(Wiege vom Es)にかけると、確かに人の時には重さ・軽さの意味合いがある。因みに、天秤は「揺りかご」でもある。時の比重は人それぞれ、「臍の緒」の切り方で判明する。
別の例を挙げよう。君たちは口癖のように、「時間がない」と言う。しかし、公共の時間は万人平等に共通して与えられている。「時間がない」と感じるのは、自前(自由且つ気儘に)に使えるプライベートの時間がないという点で、主観的意味合いの時間、つまり余剰として楽しめる軽い時である。「時間は貨幣である」というフランクリンで言えば、貨幣がないか十分でないことが、自前(自由且つ気儘に)に使える時間がないという結論になるだろうか。逆に言えば、自前(自由且つ気儘に)に使える時間がないのは、貨幣がないか十分でないことに起因しようか。そのいずれも全くの間違いである。「時間は貨幣である」という考えは、時を惜しんで働くことには、それ相応の貨幣価値(重さ)があるからであり、時間を割いて働いて得た富を貯蓄しその富を選ぶ神に返すのだという、節約して旅装束の身を軽くする禁欲主義的生活態度に基づいている。
「イギリスのヘブライズム」として知られるこの考えが普及し定着するのは、アメリカ新大陸でのことだ。アダム・スミス流の功利主義的考え(道徳感情論)を脱し、「時間は貨幣で有る」と内外に宣言する。厳密には存在論的と言えないとしても、間接的な比喩的表現(重厚な寓喩や直喩)を好む牧師のバックスターと異なり、科学者・政治家のフランクリンは軽快なメタファー(隠喩)で語る。その語りは功利主義的ではない。「時間は貨幣で有る」とメタファーで語るその真意は、パース流の記号学的な再帰的自己の表現(理解の様態)と取るか、或いは理解社会学的に読んで初めて正しく解明できよう。確かに、「時」には体験や経験の重さが有る。時を遂行するエスは、上限・下限(言葉と無)に迫る際の大切な解釈の鍵を握る。詳細は分析済み、いずれ一般社会学言論講義で取り上げる。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年11月4日金曜日

君も輝きたいの?どうやって?-存在の明暗技法

Strahlen willst du. Wie aber ? - Über die Daseins-Kunst mit Licht und Schatten
【11月10日(木)更新、一部コンテンツの差し替え、「考えるヒント」補強】
おや、沈んでるね、就職活動がうまくいってないから?それでも君は輝きたい、んでしょう?何を輝かせるの?どうやって?誰であれ、いつまでも落ち込んだまま暗い顔している(niedergeschlagen sein)のは嫌だからね。通常ドイツ語ではシュトラーレン(strahlen、光るものを「放射する」)を使って、「彼は輝いている、目を輝かせている」(Er strahlt mit den Augen.)、またはアオフクレーレンを再帰的に用いて、「彼女の顔は、喜びのあまり輝いている」(Ihr Gesicht klärt sich vor Freude auf.)と表現されます。
後者の実例は、自分を啓蒙・啓発する、それまでの無知・蒙昧を自ら「啓き諭す・解き明かす」(sich aufklären)意味で、啓蒙主義運動のパロールにまで遡ります。アオフクレーレン(啓蒙する)とは、自己啓示する超自然的な神の光を否定し、自分の内にある「自然の光」(lumen naturae)を輝かせることです。曇り濁った悟性を「澄ます」という意味もあります。カントが「自分の悟性を使え」と言った背景には、自然の光に照らし合わせて自らの悟性(理解力)に目覚めた近代人が、その後正しい悟性使用を怠って陥っている、法的にも社会的にも未熟な無責任状態の事実関係が念頭にありました。
カントが言う「未成年状態」(Mündigkeit)を、私は常々社会言論上の「未熟さ」と関連付けて言い換えるようにしています。学生諸君も、耳にタコができるくらい聞いてうんざりしていることでしょうね(笑)。啓蒙主義の精神を口にする・唱えるだけで実は何もしない、革命後の社会的無策を弁解し、言論の自由を「無為」の口実にしていた人々が多くいたからです。折角の高価なメガネも、レンズが汚れ曇った状態では使い物になりませんね。かえって、見えるものまで曇らせるから。だから、レンズ磨きをスピノザが天職(Beruf)にしたのかどうかは不明ですが。
  カントの場合は、親離れの「成人宣言」(Mündigkeits-aufklärung)したのに自立できず、相変わらず「後見人」(聖職者、親や教師)に依存したままの(言葉を鵜呑みにしたままで、自分で味わい咀嚼していない、判断も他人任せで「自分の悟性を使用しない」)自称啓蒙主義者たちの言行不一致を手厳しく批判していますので、やはり広義の意味で「社会言論」(Sozial-Rede)が問題となっています。理性批判に於いても然り、カントの「理性」概念は、プラグマーティッシュな「言語活動」の含みを持っていることを忘れずに。
さて、学生諸君が自分も輝きたいと思うとき、何を輝かせるのか、どうやってそれが可能なのかをしっかりと考えてみる必要があります。輝かせようにも、光るモノが自分の内にないとあれば、如何ともし難い。面の上辺だけ化粧したり、自分のマスクをいくら上塗りしたりしても、骨折り損のくたびれもうけです(面接官はすでにお見通し、目が澄んでいるか濁っているかですぐわかる。「目は体の明かり・灯火」と言うとおり、マタイ5:15)。
「自然法」と共に「内なる自然」(「自然の精神」、シェリング)を発見したのは、誇り高き近代人(欧州人)の功績でしたが、自然にない(放射線状に光る)モノ造りで、今や抜き差しならない危機的状況に陥っていますね。自然と社会に於いて働くモノとヒトが、如何なる第三の「解釈項」(パース)を必要としているか、よく考えてみて下さい。
ハイデガーが『芸術作品の根源』で芸術家・作品・芸術という三つ巴の関係(「解釈学的循環」)で何を言いたかったのか、スピノザの衝撃的な命題「神もしくは自然」、かのドゥルーズを虜にしたその幾何学的神存在の証明とは、思索のスタイルを異にする言い方ですが、ハイデガーがなぜ自然に代えて「大地」を語るのか、なぜ「存在」の真理性に関する逆説的命題(真理は「覆われの無さ」、「不覆蔵性」に有る)に敢えて拘ったのか、自分の悟性を使ってよく考えてみること、これは学生諸君への宿題です。「存在の忘却」を大義名分とした言い訳は無用、杓子定規の回答は無効ですよ。例えば、「あれはバロックの哲学だから」とか、「ハイデガーはスピノザを避けている」(デリダ)とか言うようでは、何も言ったことにならない。その実、何も始まらないからです。

考えるヒント①:「我思う」存在者が人格属性を持つのは内部であるか外部であるか、働くモノの表象は一見して非人格的です。これを理解するには、存在の「明暗技法」(Zeichnende Kunst mit Licht und Schatten)が必要です。

考えるヒント②:「目はからだの明かり」です(上記)。5~6年前でしたか、大島淑子先生に獨協大学に来ていただいてお話をしていただいたことがあります。そのときに、普段は表情一つ変えない物静かな受講生の一人(M子さん)が、一際目を丸くし驚嘆した眼差し(staunender Blick)で、瞬きもせずに凝視(anstarren)していた様子を、未だに忘れることが出来ません。あれです、あの目の輝きがヒントです。何を観たからでしょうか?何が彼女(の目)をこうも輝かせたのでしょうね?それを知るには、存在の「遠近画法」(Perspektivische Darstellung mit Nähe und Fern)が必要です。

考えるヒント③:神の栄光(シェキナー)を見た「モーセの顔は輝いていた」(出エジプト記34章29節以下)。眩しいので、人々はモーセの顔に「覆い」をかけたと言います。ヘブライ語で「輝く」はカーラン、再帰的に表現するとマケリン、ずばり「角(ケレン)を持つ」ことです。祭壇の四隅には、神の栄光を表す角が彫られていることで分かります。「角を持つ」と言えば、日本の花嫁は文金高島田の綿帽子を頭に被り、「角隠し」していますね。俗説では、怒りを象徴する角を隠すことで柔順でしとやかな妻となることへの決意を表しているとか、嫉妬に狂うと鬼になると言う女性の器質を言い表したものだとか。江戸後期から明治の初期に始まるこの風習の背後に何が、女性自身を「輝かせるモノ」が何であったか、興味の尽きないところです。自分を輝かせるモノに覆いが必要という話ですね、自分らしさ・愛らしさの度が過ぎて、神々しい「角」が生えていないかどうか、私たちも鏡を見て確かめる必要がありそうです。

 (残りのヒントは、手渡し済みの「講義の栞」でご参照ください。ドイツ語の知識有る無しに拘わらず、聴講生大歓迎。文中で「未成年状態」について説明した語源ルート解明の部分を、「独逸語研究」のページに移しました)

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年10月19日水曜日

3.11から222日、復興の光と影 【最新レポート】

Licht und Schatten nach der Katastrophe (frische Berichterstattung an Ort und Stelle)
【11月1(火)更新、数値データ補正、論述構成の組み替え、海外向け】
昨日(10月18日)、福島の磐城から避難した役所の女性に話を聞いた。原発に近い村が津波に襲われ、村長の金庫が流されたという。後に回収された時、中味が言い分と一致しない ことには、所有者に戻らない。そこで、幾ら入っていましたかと聞かれた村長は、(ばれたから仕方がないので)正直に3億円だと答える。その通りだったので、警察官 は本人に金庫を引き渡したという。紛れもなく、これは原子力産業への協力で得た資金である。原発で潤うモノは億の単位でない、数兆円規模の金が影で人心を蝕む事件、ばれない限り隠し通す言論自由の悪用、こういった「神もしくは自然」(スピノザ)を加工し商品化して、富(属性)を貪り合う簒奪事件の象徴的な事実関係から、決して目を逸らしてはいけない。千年に一度と言われる今回の地震と津波は、一方で自然災禍に根負けしない、日本人の謙虚で不屈なイメージを喚起した。しかしその反面、これまで国策としてもて囃された原子力政策の脆さと自己矛盾を一気に露呈しても見せた。このことを念頭に置いて、震災の事件簿を再整理しておきたい。
311日(金曜日)に東日本大震災が起きて早七ヶ月、222日が瞬く間に経過し、今日1019日(水曜日)で223日目になる。周知のように、大津波によって東京電力福島第一原子力発電所の事故(四度の水素爆発)があった点で、88年前(1923年)の9月1日に起きた関東大震災とは様子を異にする緊急事態となった。震災直後の4月以降、私がこのブログで繰り返し予測した通りになっている。そこで示唆しておいたことを踏まえ、最新の事実関係を見ながら整理し纏めておいたので、参考にしていただきたい。
①復興計画が遅ればせながら確実に実施され、被害を受けた方々は仮設住宅に避難し、近郊の避難所に無事収容された。略奪等の不穏な動きはなく、関東大震災の時のような虐殺事件はなかった。ボランティア活動による被災地支援拡大。義捐金配分の遅滞が問題化。旧住民の多くは県外に移住して帰還できず、不便なディアスポラ(離散)の生活を余儀なくされている。新聞各紙のアンケート調査では、帰還希望者は7割から4割に減っている。
②大地震に襲われ大津波に攫われて壊滅的な被害を受けた海沿いの東北の町々は、今では瓦礫の処理が進み、一面「更地」になってはいるが、高台移転の計画が実施される段階にある。実際は、国による私有地買い上げと高台や内陸部の代替地の確保が進まず、長期的ビジョンの再建計画が足枷となって、実施が滞っている。
③原発事故は限りなく冷温停止状態に近付いており、年内に冷温停止の「前倒し」が可能な射程にある。また緊急避難区域の一部解除も始まった。被災地の学校も再開されつつある。事故の収束宣言を出すのは時期尚早だとしても、工程表通りうまくいけば収束は間近い(政府筋の話)。危険度では同レベルでも、チェルノブイリ原発事故の再現とはならなかった。原子炉建屋にカバー設置が始まり、汚染水浄化装置も80%上の稼働率となっている。近隣児童の甲状腺検査も始まっているが、今のところ異常は報告されていない。
④菅政権下では、東京電力の「撤退」を斥け、浜岡原子力発電所の永久停止が決められた点は評価できるが、政局の不穏を招き行き詰まってしまった。野田政権に変わってから本格的復興の足並みが揃い、政局の不穏さは全く聞かれなくなった(輿石幹事長就任の成果)。東京電力の賠償計画実現に向けて閣議決定あり、政府(国家)が責任をもってバックアップする仕組みが出来上がった。
⑤食材(農産物)に関する風評被害が一段落、他方では東北固有の海産物を扱う地元産業施設の集約化が進んでいる。自動車部品メーカーの再建も順調に進み、部品調達の国際的需給バランスの逼迫していた課題が解決されつつある。
などと書けば、光の部分ばかりが目立つことだろう。しかし、震災復興プロセスに光あれば影もまたあることを忘れてはいけない。大半の被災者は、身内・自宅・財産を失ったままである。未だ日の当たらない「影の国」(Schattenreich)に生きることを余儀なくされている現実を鑑み、以下では、今なお私たちを苦しめている影の部分に光を当てて、現状の最新レポートとしたい。
見えざる死の影の脅威、放射能の恐さについては言うまでもなく、毎日が「除染・除染」の話題で、新聞紙上はどこも持ちきりである。汚染された食材を摂取して内部被爆を受けないようにするにはどうしたらよいのか、それが今では汚染された土壌をどう「除染」するか、全国民の関心は其処に集約される。初めは牛に与える藁にストロンチウムが検出された事件に始まり、原発周辺の家屋や校庭、通学路に降り積もった放射能の塵を取り除くこと、つまり土壌を「除染」する他ないことが判明した。それを受けて、福島市全体の家屋や土壌の除染が、今日決まったばかりである。表土の下5センチを剥ぎ取り、建造物には高圧洗浄機で降り積もった塵を洗い落とすだけで、三年間で1兆数千億円の巨額な費用がかかるという。一度の洗浄で片付けばいいが、国民が「命の平和」を取り戻すには、金額の大きさはさしたる問題ではない。汚染土壌を保管する中間貯蔵施設の受け入れは、「諒解関係」を望む社会の試金石である。
9月には埼玉の狭山丘陵に広がる茶畑の茶葉から基準値の5倍以上の放射線量が検出された。また関東各地の浄水場を初め、私の住む三郷の浄水場でも、ストロンチウムの成分が検出されて肝を潰したばかり。917日には、東京都足立区の区立東淵江小学校の敷地内で、毎時399マイクロ・シーベルトの放射線量が検出され、同日に栃木県の県立栃木農業高校が鹿沼市の業者から購入した授業用の腐葉土から、暫定基準値を大幅に超える29600ベクレルの放射性セシウムが検出されたことで、周辺住民の目は不安のレベルを超えて点となり、内心戦々恐々としている。年間許容量の2ミリシーベルトに比べると低い、身体に直ちに影響を与えるほどの数値ではないと説明されても、それでも自然ではあり得ない数値だから、子を持つ親たちにとっては不安である。どぶさらいも満足にできない、我が家の庭仕事にさえ手が出ない。放射能が空気中の塵に付き、雨が降った際に落ち葉に付着したか、軒先の澱みに一時的に溜まったものだとしても、誰であれ背筋が凍る怖い話である。土壌を除染し高圧洗浄機で洗って流せるものなら一件落着、というわけにはいかない。だから、最近では自分たちで計測器を使って放射線量を計る人たちが増えている。文部科学省の設置した計測器では17マイクロシーベルト、しかし緊急避難地域の住民が自分で計測してみると、実際の数値は20マイクロシーベルトに上っている。同じエリアで計測したはずなのに、いったいこの差は何なのか。文科省に直接聞いてみると、「計測はするが、(数値の)評価はしない」という(今朝のNHKドキュメンタリーから)。
「原子力の平和利用」という大義名分で、「命の平和」を脅かした事実関係(社会倫理的には背任行為!)を、我々は決して忘れてはならない。啓蒙主義世界発足以来、近代人(モデルネ)が自ら招いた「未成年状態」(Un-mündigkeit)について、次の世代に語り継がなければならない。我々は皆、その目撃者・証言者(Zeuge)である。自然で有るモノ(存在の仕様)を忘れ、自然にないモノ創りで露呈したヒト社会の未熟さは、自らの悟性使用を怠った(カント)と言うより、実用主義・功利主義の名目で誤用・悪用したせいではないのか。自然支配の旗頭を任じる近代人が自ら招いた算定の狂い、科学的知性乃至技法の陥穽(eine Falle)から、一時も目を離してはなるまい。陥穽とは、常々利回りから生じる屈折事件である。理解の助けとして、今は古典となったが、マルクスの『資本論』再読をお薦めする。自然概念を再考するに、スピノザの『エチカ』は最高の考えるヒントとなろう。

追記: 先程のNHKドキュメンタリーでは、哀れにも飼い主に放置されたペットや家畜が、野生化し繁殖しているという報告あり、改めて「自然と社会」(の相互依存関係)について再考を余儀なくされた視聴者も多いことだろう。率直な感想・意見を請いたい。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Riakishakaigaku

2011年10月3日月曜日

ローカル文化のグローバル指数、一周年の工房

Wie aus drei lolalen ein globales Kulturgut als Kapital zu schlagen ist  
【10月15日(土)更新】
「ローカル文化のグローバル指数」と銘打ったが、ローカル文化がグローバルな発展を遂げる際の指数或いは指標が何か、それついて長々と論うつもりはない。ブログ開設一周年を記念して、口火を切るための前置きである。
日本には古来、三つのローカル(出雲・伊勢・東国、奈良・京都・大阪など)から、固有な文化が圏域を越えて栄えた経緯がある。地勢的三角形の意味付けは信憑性に於いて疑わしいが、それ自体支配社会学的勢力論と無関係ではない。ローマ・コンスタンティノーポリス・エルサレムの三つを主教座とする勢力事情に係わることでもあるが、ひとまず三一的ドグマの法教義学的言論とは区別しておきたい。三世紀の華厳経のように、数字の三に纏わる教えを伝える文書はアジアに少なくない。すでに西方では、2世紀の法学者テルトリアーヌスに始まり、その後4世紀のアリウス論争を経て、アウグスティーヌスで完成を見た三一論の潮流が一方にあり、中央アジア西域はその流れを受け、サンスクリット語の文化圏に強い影響を受けた、それなりにグロ-バルな多言語の文化圏、ヘレニズム社会独自の共鳴体域を構築している。アポロン風の仏像や三体の如来像など、事例を挙げればきりがない。ともかく、我々の関心は如何なる教義学にも非ず、三つのローカルからグローバルな文化圏を形成する社会勢力論にある。
10世紀の日本に始まる国風文化は密教的色彩が濃いが、それはインドや中国からの強い禅文化の影響であったこと、三つ巴の影響関係は周知の事実である。他方で、インドや中国大陸での仏教の密教化の背景に、ゾロアスター教(祆教)・マニ教(摩尼教)・キリスト教(インドではトマス派、中国では景教、ネストリウス派)の影響、ポジティブな受容や習合があった事実も否定できない。この三つは異民族系の外来宗教の意味で、通常軽蔑的に「三夷教」と呼ばれている。後にイスラム教(回教)を含めて「四夷教」というが、ここでは合理数の三に注目したい。密教への影響関係には温度差がある。空海に於いては、祆教や景教と密かな接触があったものと推測される。
史的ダルマのケースでは、少し様子を異にする。同じ合理数でも、三でなく二と四が問題となるところが彼らしい。二と四は、ナーガールジュナ(流樹)の中道にある二諦と四諦を指すものか、さもなければオリゲネス的発想である可能性も排除できない。道に入る際の2は東西の地理的(風土的)隔たりを前提とし、4は3プラス1の可能性がある。討議のヒントはこれで十分であろう。ダルマ自身にユダヤ人クリスチャンの素性があった可能性については、京都大学で開催された一昨年の宗教学会での発表の際に示唆しておいた。高野山で修行する諸君にとって、そういったことは言語道断だろうか。そうでなければ、少なくとも想定外の驚きであろう。高野山に眠る故エリサベス・ゴルドン婦人なら、「やはり」と満面笑みを湛えて大歓迎されるに違いない。空海のケースと異なり、ダルマの教え(『二入四行論』)は密教とは無関係であるが、二つある生没年のデータとマニ教や浄土系僧たちとの抜き差しならないコンフリクトに巻き込まれ、最後は毒殺未遂事件にまで発展した内外の事情から、そのマスクが割れる。遠からず、永寧寺焼失事件も、それと無関係ではなかったに違いない。
ところで、単純に西洋近代と比較することは出来ないが、文化指数としての三には、東西を問わず興味深い関連が見られる。フランス・イギリス・ドイツを軸とした三つの文化(自然科学・精神科学・社会学思想)は、理性の働きを重視する啓蒙主義文化のメルクマールである。これに対して東洋には古より存在の技法があり、西洋とは「異なる仕方で考える」ことを実践した人々が確かにいる。現に、残された作品群には科学的志向は見当たらないが、インド・中国・日本という三つのローカルな「風土」(和辻哲郎)に培われた、悟性文化圏独自の閃きが観察される。今日のニーズからして、新古典的なグローバル文化資本構築の是非が注目されてよい。しかし、如何にしてそれは可能か。悟性も理性も基本的に理解のカテゴリーに属すること、持論の「理解社会学のコンプリメンタリズム」(東西文化の相補論)が、必要且つ十分な手掛かり・足掛かりを読者に提供し得たかどうか。それは畢竟、働くモノとヒトで織り為される「芸術作品の根源」(Ursprung des Kunstwerkes)に拘わること、指南の不足分について以下で私なりの反省をしておきたい。
 仮初めの家であっても、建物は砂の上にではなく岩の上に建てないと、暴風雨に晒されると流され、すぐに倒壊してしまう(マタイによる福音書7章24~27節参照)。昨年10月6日に「理解社会学の工房」を開設して以来早一年になるが、日本の政治社会言論はあたかも砂地か沼地のようで、何処にも掴み所が無く、杭や楔を打とうにもなかなか岩盤にまで届かないか、曖昧さ故にどうにも落ち所が見つからない。その意味では、「理解社会学研究所」は未だ粗末な茶室、客はまだかと待ちぼうけする、孤独な茶人の仮住まいに過ぎない。
 元はと言えばハイデガーの研究から始めたことだが、やがて史的ダルマの研究に没頭する中で、同時代の平行事例(ネストリオスなど)を東西の分水嶺にまで尋ね、南北のルートに踏み込んで史料を集め、関連を詳しく調査して初めて分かったこと、ヴェーバーに学び「理解社会学」の方法論的探求から学び得たものを含め、この十年間は実り多き歴史発見の連続だった。ブログを開設して半年後の311日に起きた東日本大震災によって一時中断を余儀なくされていたが、自然と社会について東西で異なる考えを突き合わせ、理解を深め改めるよい機会となった。研究成果の一部を昨年の学会で発表した際の過剰なまでの感情的反発を見る限り、まだその時でないのかも知れない。随時公開しながら、いずれ評価を世に問う時期が来よう。
社会学言論の討議スタイルでブログに今公開しているものは、執筆中の「一般社会学言論講義」に書ききれない事例分析を初め、大半が欄外注の部類に相当する。自然や本性の言語理解については、無神論者の烙印を押されながら神に酔える人、スピノザの自然概念(Deus sive natura)を第三の解釈項として参照することになる。果たして予告通り、インド・中国・日本の三つのローカルからグローバルな文化資本を発信することが出来るかどうか、「神と貨幣」を巡る社会言論の真性(即審美性でない!)論議の行く末について疑心暗鬼する人の方が多いだろう。波紋の大きさに驚くのはまだ早い。まだこれは予震に過ぎない。本震はこれからである。講義草稿全体の完成まで、あとしばらくお待ちいただきたい。


脚注: 文中でいう「文化資本」は、ピエール・プルデューの概念とは少し異なる。文化資本とは、わたしの場合、交換価値を有する諒解妥当な言語資産、働くモノ(働くことの宗教的動機・主観的意味)が利害に絡むゲゼルシャフト結成に係わる限りでの文化形成的資本(カプト、働き手である人材を含む、無形文化財の権利保持者)

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年9月14日水曜日

君はアバターなの、それとも人間してますか?

Bist du ein Avatar, oder tust du was, wie ein Mensch mit dem Gesicht zu sein?
【9月20日(火曜日)更新】
  アバターは、神々の「化身」を意味するサンスクリット語のアヴァターレ(Avatare)に由来します。グローバルコミュニケーションの世界では、グラヴァター(Gravata = global + avatar)と言い換えられています。インターネットが普及している今日では、自分の化身や分身となるキャラクターイメージをアバター(正しくはアヴァター)という。自分のイメージやジェンダーを偽る・偽装することが出来るので、自分を着せ替えたいという変身願望の世代に好まれているようです。化身のアバターと仮面(マスク)や外観を意味するラテン語のペルソーナが混同されている嫌いがあるので、格別の注意を要します。
 さて、恥も外聞も必要としない一見して不惑のアバターと、恥や責めを負えばすぐに歪む弱々しい人の顔を選ぶ(自分のマスクを選ばなければならない)としたら、君はどちらを選ぶでしょうか?愚問だと思ったら応える必要ありませんが、ゲームする匿名者にしても仮初め(非正規)の労働者であるにしても、気がつくと周りにはアバターのマスクした人ばかりだから、この問いは有効なはずです。いずれであれ、ご自分の意見を述べる際に、その理由を一言明記してください。
 アバターで何者かに成り済ます結果、トラブルに巻き込まれるケースが多く、それが自己責任だとしても、「人間やめました」と悲しい捨て台詞を残して、人生の舞台を立ち去る前に、現に其処で働くモノが何か、首がなければトルソーの、エスを自分(社会的自己)の問題として、最後に一度はよく考えてみて欲しいですね。変身であれ役割交換であれ、ゲームにルールがあるのは当然、それでも僕たちは所詮「人間だもの」(相田みつを)ね、繕えない破れかぶれ(破格の要件)があって当たり前だとしても、結局誰も「自分の顔に責任が持てない」のでは、困ったことになります。ここでは、「機械仕掛けの神様」(Deus ex machine)や悟り済ました無表情の仏様無しの無礼講で、どうぞ自由に呟いてください。
「人間する」って言うと、違和感があるでしょうか。ラテン語でペルソーナ(人格)の動詞形、ペルソナーレ(呟く自分の「声を響かせる・響き渡らせる」)に起因します。グローバル文化に対して見せる自分の顔は、個を大事にするローカル文化の要(かねめ)です。顔は見え方(外観)の用であり、それも見せ方次第です。注意してください、見せたい心(主観性)と現に魅せるモノ(客観妥当性)がないと、相手に伝わりませんよ。さぁ、どうぞ、全身を耳にしてお聞きします。
 (実名・匿名の判断はご自由に。年齢は不問、唯物論や唯心論、理想主義や実証主義、無神論や有神論など、立場や身分の違いを問いません。学生諸君に限らず社会人の皆さんも、自分で正直に思うところをどしどし書き込んでください。楽しい投稿をお待ちしています)

Shigfried Mayer (宮村重徳), copyright all reserved 2011, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年9月4日日曜日

ドジョウの政治美学、復興への「一歩後退」

Politische Besinnung als Schlammpeitzger und ein Schrittzurück zur Wiederaufbau des Landes
【9月9日(金曜日)更新、画像追加】
 江戸後期の国学者高田与清の松屋日記に、どじょうのことを「泥鰌、泥津魚の義なるべし」とある。柳川などで食材として好まれ、当初は縁起を担いでドジョウの四文字を避け、「どぜう」と三文字で表記されていたらしい。中国語で泥鳅、ドイツ語で Der Ostasiatische Schlammpeitzger (学名: Misgurnus anguillicaudatus) の名の通り、東アジアの水田や湿地帯に棲息する淡水魚で食用魚である。泥土に潜み土砂に攫われても生きる強か者か、水面下の根を食い尽くし根こそぎにする困りものの象徴であるかは、どうでもいい。どちらも無縁な話ではないが、以下で述べるブログの論点から逸脱する。その昔出雲の国で砂鉄採取の所作を滑稽な踊りにした(渡部お糸怍の)「安来節」に由来すると言う、「ドジョウ掬い(すくい)」の楽しいこぼれ話と同様、ひとまず括弧の外に括りだしておきたい。
泥臭い政治を標榜し鳴り物入りで新首相に選出された若年54歳の野田住彦氏は、自称ドジョウの政治美学的感覚で、果たして震災復興の正夢(ヴィジョン)を叶えられるのか、国民は期待するも不安げにその言動を注視している。自分をドジョウに喩えた野田氏の発言が、詩人の相田つみをの詩からヒントを得たのだとすると、謙虚に政治家の本分を弁え、日の当たらない地味な働き(黒子役)に徹する自覚的限定の表現と思われる。当の相田氏は、足利中学校卒業後歌人の山下陸奥に師事。1942年に曹洞宗高福寺の武井哲応と出会い、在家で禅の仏法を学んだ異色の経歴を持つ人。野田首相は、松下政経塾でなされた氏の講演をお聞きになったのだろうか、周知のように、第2詩集「おかげさん」(ダイヤモンド社、1987年、1989年)に収録された「みんなほんもの」から、「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」(107頁)の一句を参照しておられる。この比喩(メタファー)は、小沢一郎・元党代表に近い輿石幹事長に紹介された経緯があるとしても、情報取得のルートはどちらでもいい。直接書を手に取り、自分でオリジナルの一句を確かめ、茶を啜りながら素読し味わうのが一番。今は絶版で手に入らないので、次の画像の筆跡から味わいの豊かさを確かめていただきたい。 


                     
政治言論の泥濘(ぬかるみ、Schlamm)に足を掬われ立ち竦まないために、また立ち上げたばかりの内閣を一過性のやっつけ仕事(Schlammperei)で終わらせないためには、「我思う」の言いっぱなし(唯我独尊のガチンコモード)でなく、何よりも互いの行為(身体各部の働き)を予想しこれに準拠して期待に応える「おかげさん」の気持ち(Dank dem Schatten des Selbst、お陰さん、影有ってこその自分、縁は陰と日向の相互信頼に基づく対話路線)が、国民のための政策実現・政党間の合意形成に大事ということだろう。「いいことはおかげさん、わるいことは身から出たさび」(みつを『にんげんだもの』、縁起十二章、文化出版局、1997年)。
ヴェーバー社会学では、意味の上で他の人がすることに関係づけられる行為をゲマインシャフト行為という。通常ゲマインシャフト行為では、経験妥当な蓋然性があるかどうかで、合意と諒解は区別される。シャンスとしての諒解は、仏教の縁に相当しよう。コンフリクト(利害絡みの葛藤・抗争)が生じた場合の曖昧な受け答えについて、ぬるぬるとして掴み所のない人心に代えて、禅で働くモノ自体(「安心して無為」の働き)を壁に観ると言うも、ダルマの法を看破するために「以心伝心」と言うも、その心は曖昧な「暗黙の了解」(Stilschweigende Übereinkunft)でない、叢林に於ける「諒解」関係の要件を満たすもの、言葉の厳密な意味での「諒解ゲマインシャフト行為」(Einverständnis-handeln)の理解の仕方・陰に陽の受け止め方次第で、為政者また国民の真意が問われることになる。
さて野田さん、あなたが国民の期待をずばり予想し見事に応えられるかどうか、政治と社会言論の正義は美学の課題としても「平常底」ですること、晴れがましさのない・力みを見せない、地味で地道な実践の積み重ね以外の何ものでもない。敢えて「泥を被る」(ご本人)と「泥まみれになるだけ」(亀井氏)の応酬では済まない、ドジョウ掬いのパフォーマンスだけでは、「笛吹けど誰も踊らず」終いだから。泥を捏ねて煉瓦を作る工夫にヴィジョンが必要だろう。その際には、煉瓦に麦わらを入れることをお忘れにならぬよう、補強には呉々も細心の注意を促しておきたい。煉瓦に入れる麦わらが何かは、自ら考えて知るべきあなたへの宿題としたい。党派的勢力争いや官僚との戦略的突っ張り合いの「悪夢」(Trauma)はもうこりごりだから、本気で国民に「正夢」(den Traum, der sich als wahr zu erweisen ist)を見せて欲しい(昨年12月の私のブログ記事『ツィートに、足りぬ煉瓦のヒント得て』を参照せよ)

付記: 野田新内閣の政策と陣容からして、傍目には政治主導から官僚依存へ後退するのではないかと見える、或いは危惧される人も少なくないと思われるが、震災からの復興が願われる中での有意味な歴史的「一歩後退」(ein Schrittzurück von Bedeutung)であったと後世から称えられるような、泥臭く且つしぶとい政治改革の貫徹(Durchsetzung)に繋がることを願いたい。 一つだけ、A級戦犯を許容するかのような発言は外交問題にまで発展しかねず、要注意である。不注意な発言から、首が飛ぶようなことがないよう、為政者には注意してもらいたい。個人的には、「くさびだから一番大事なところへうつ。くさびだからみえないようにうつ」(『おかげさん』、48~49頁)の一句に、共感している。…

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年8月22日月曜日

デッサンとしての『経済と社会』、再評価への道筋

 Sozial-ökonomische oder ökonomisch-soziale Rede als "Dessin", was ist.
 【9月4日(日曜日)更新、付記三つ、誤字訂正】
 いざ「社会学言論」と銘打って始めたはいいが、ヴェーバーのドイツ語文は決して読み易くはない、確かに難解である。すでに公刊された宗教社会学論集やカテゴリー論文(1913年)は別にしても、遺稿編集となった『経済と社会』(1921年)には新旧の原稿が混在しており、最後の完成イメージから再構成する試みを阻んでいる。悪く言えば「名目的定義のがらくた」(ミュールマン)か、さもなければ至る所が迷路まがいの「露地ばかり」(清水幾太郎)で、研究者を悩ませ嘆かせている事態には今も変わりない。これがデッサン(Dessin)であれば、斯くも鼻息を荒くして大騒ぎする必要などないのではと思われるのだが、ともかく第一次資料にしてこうである。第二次資料となるドイツ内外の言論事情はその比ではない、世代間の議論が錯綜し混沌としている。その上、信頼性に劣る饒舌な批評に根も葉もない噂話から風評を分析対象に含めると、その範囲があまりに広く的が絞りづらい。社会言論の複雑さは有るが儘の人間模様か、マスクした存在の心象を映し出しているとも思われるが、とにかく影を引き摺るモノのしっぽが摑みにくい。
 それに比べると、経済学言論はすっきりとしている。『ヴェーバーに於ける「諒解行為」概念の留保或いは喪失事件』(法政大学紀要「多摩論集」第26巻、2010年)の末尾で敢えて付記しておいたように、意外にもパレートが解読の鍵を握っている。ソシュールに強い影響を与えたヴィルフレード・パレートの『経済学提要』(イタリア語版、序、第1章)を法政大学の川俣雅弘教授が『社会志林』(2007, vol.54.1)で翻訳しておられるので、改めて読み直してみた。正直に言うと、簡潔明瞭で歯切れのいいパレートの論理展開と経済学言論のスタイルに衝撃を受けた。引用すると長くなるので、あとで学会発表の論攷で参照していただきたい。
 惜しくもスペイン風邪で早死にしたヴェーバーだが、たとえそれが出版社(JCB Mohr)からの熱い要望・要請を受託したものだったとしても、『社会経済学綱要』(Grundriss der Sozial-Ökonomik)の一環として、第三部に割り当てられた『経済社会』(Wirtschaft u n d Gesellschaft)という名の未完の大作(遺稿)を後世に残したことに、我々は改めて深い感慨を覚える。なぜなら、経済学言論を抜きにした社会学言論は無意味であり、単独では無謀で不可能だからである。「と」は散策の縁(よすが)、暗夜行路の渡り舟である。ではなぜ「社会(と)経済」学でなく「経済(と)社会」学なのか。それは社会言語学と言語社会学の違いと似て、後置されるものが先行するものを規定するので、ヴェーバーにとって軸足を置く順序は逆にならない。カテゴリー論文を台本にした「経済(と)社会」学言論の修正課題と認識して初めて、ヴェーバーの言語資産(Sprachgut)を正しく受け継ぐことが出来よう。パレートに負けず劣らぬ、直感的に分かる簡潔な論理で説得性(経験妥当性)の高い「一般社会学言論」を模索する我々の試みは、こうして初めて学問的に基礎付けられることが可能となろう。なるほど、『経済と社会』は「芸術作品」ではない。しかし、その元となるカテゴリー論文が有るのだから、ヴェーバーの遺稿作品もまた「根源」(Ursprung)となるモノとの関係で、見直され再構成されることは十分に可能である。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku



付記1: 就活中の若いハイデガーは、ヴェーバーのミュンヒェン講演(『職業としての政治』、1919年)を聴いて影響を受けている。その彼が『存在と時間』(1927年)を著し、後に「時間と存在」へと語調を変え、東洋的「無」の立場と対話するに至る。此処で軸足の「転回」をしたことは周知の事実、此処でも其処でも同じ「と」の技法が用いられている。関心のある学生諸君は、その関連をレポート課題にして論じてみるといい。サルトルの『存在と無』を論じるにせよ、大島淑子『禅は、別様に考える』("Zen, anders denken")参照は避けられない。文献詳細は→ Textforschung2011(Kultur /Kunst) 


付記2: A君、パレートとヴェーバーの比はエリート(数理経済型)と理想型の比?、極論にならぬよう、アイザーマンの文献を参考にして、近さと遠さについてレポートすること。K子さん、修正動機を問うのであれば、むしろ「経済と社会」のデッサン論に期待、露地はその侭に樹形図にして、連続性と非連続性を整理した上で、修正ポイントを「見える化」すること。


付記3: 公開論文では触れていない細かい様々な視点をフィードバックする目的で、このブログでは分かりやすく論じることにしている。学生諸君に限らず一般読者の方にも、他に質問・意見・提案があればお聞かせ願いたい、喜んで拝聴したい。一般社会学言論は、手を「結んで開く」諒解可能な言葉への学び、誰にでも出来る経験妥当な「縁結び」の技法である。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年8月1日月曜日

ザリンコに、乗ってよすがの、峠越え [近況報告]

 Sei euch wohlgefällig, mit dem "Hummer" jeden Bergpass überzusteigen!
【8月27日(土曜日)更新、一部画像差し替えと追加  
国内では3.11の東日本大震災に原発事故、これに節電対策や外因の円高不況が加わって、多くの中小企業の台所は火の車である。四方を跨ぐ四輪駆動の大企業ならいざ知らず、中小企業の場合は前後しか先行きがない、言わば二輪車の宿命で、左右の支えがないから倒れやすい。倒れないためには、ペダルをひたすらこぎ続けなければならない。
ドイツ滞在中の1976年頃、私に日本から一通の便りがあった。当時大谷大学の助教授であった知人の堀尾先生からの便りで、書面には「自転車を漕ぐばかりの毎日、漕ぐのを止めると倒れてしまいそうです」と書いてあった。勤勉な日本人の社会では残業が稀でなく、会社のために夜もすがら働くことが賞賛される。会計もその場しのぎで遣り繰りするだけの経営は、確かに「自転車操業」(eine zu überspielende Betriebsamkeit, wie Radfahren, das nie stillstehen darf、私訳)によく似ている。しかし、リスク満載の「自転車操業」が資金繰りに窮するのは時間の問題、当然デフォルト(債務不履行)に弱い。自転車操業を強いられた状態に歯止めがかからず、現に経営者も労働者も落胆の域を超えてまさに虫の息であろう。しかし、チャリンコの二輪車には欠点だけでない、二輪車なりの小回りがきく・自由度の高い利点がある。とりわけ、ザリンコのマウンテンバイク(MTB)には、かなりの起伏やどんな障害でも乗り越えられる設計になっている。
Bi-cycle(ラテン語で「二つの輪・環状」、両輪に跨る人力車)のアイディアは17/18世紀にまで遡るが、初期モデルはドイツ人のカール・ドライスが試作した、足で漕ぐ木製の乗り物だった(下の画像参照)。今日のように空気タイヤがあり、歯車式の駆動装置をチェーンで繋ぎ、ペダルを漕いで前後の車輪を効率よく動かす仕方は1980年代の、つまり20世紀の終わり頃の話で、歴史はまだ浅い。他方のマウンテンバイク(MTB als Gelände-fahrrad)はそれよりも少し早く、1976年にゲレンデ競技のスポーツ用としてカリフォルニアで開発され、同時に軍事訓練用として合衆国軍部に採用された。その初期モデルが "Schwinn Cruiser“(シュウィン・クルーザー)というタイプで, ハマーの原型となったものである。1981年に今日のモデルがSpecialized社より発表され、日本の自転車部品メーカー島野製作所の優れた技術を加えて完成したのが1982年、普及したのが1990年以降というから、(およそ戦後生まれの私にとっては)驚きである。今年が卒業年度にあたる1991年生まれの学生諸君にとって、享受する技術の進歩(便利さと豊かさ)は当たり前に思われようと、廃墟からの復興(ゼロからの出立)を知る私にとっては陳腐でない、感慨を呼び起こすに十分過ぎるほどの新鮮な驚き(Staunen)である。

下は自転車の原型と言われる1817年のドライジーネ(Dreisine)の画像、

              

次の画像は私の愛用車、Hummerのロゴが随所に烙印されている(Hummer like nothing else


             
                                 
 では、なぜハマーの愛称がザリンコなのか、それが似つかわしいと思われる理由と因果関係を紐解いてみよう。1999年秋に、長年住み慣れた草加から隣町の三郷に引っ越した当時、大家の市原さんから中古のマウンテンバイクをいただいたのが縁の始まり。それ以来今年の五月に壊れる(車軸が折れて空回りする)まで、これが非常勤講師(自転車操業!)の人生を無事に支えてくれた。新たに折り畳み式のマウンテンバイクを手に入れたが、遠距離には使えないので通勤の用を為さない。そこでこれを下取りにして、ハマーのフルサイズ仕様(三六十八段ギア)のマウンテンバイクを新たに購入した。買った理由は性能のよさだけでない。普及している通常の黄色でない、一部グリーンの車体が気に入ったこともあるが、由緒あるブランドのハマー(Hummer)というメーカーの名称に関心を持ったからである。初め、これはドイツ語のフマー乃至フンマー(Hummer、ザリガニ)と綴りが同じであることから、何らかの関係があるのではないかと疑った。試しに同僚のドイツ人教師に聴いてみると、その昔(20世紀半ば)アメリカに移住したドイツ人が、移住先で自転車屋を開業したのでこの名が付いたのではという。この分野でパイオニアのゲーリー・フィッシャーが移民系の人かどうかは不明だが、Hummerと同様Schwinnシュウィンもドイツ語風の綴り、ビーチクルーザーを楽しむ若者たちの中に、ドイツにゆかり(縁)のある関係者がおり、その名前であった可能性が高い。その紛れもない証拠に、1895年10月22日、シカゴにArnold,Schwinn & Companyがイグナズ・シュウインとアドルフ・アーノルドによって設立されたが、名称からして彼らは間違いなくドイツ系移民の子らである
 因みに、英語にはこのような綴りの語彙はない。外来語であることは間違いない。フマー乃至フンマーは英語読みでハマー乃至ハンマーである。現在のドイツにはハマー(Hammer Co.)という自転車会社があるが、綴りは似ていても、ハマーの由来はハンマー(金槌)でなく、フンマー(ザリガニ)である。フンマーはホマルス科で、淡水でなく海に棲息するザリガニである。母音の違いから推測すると、おそらく別会社であろう。もっとも、ハマーの由来はドイツ語だったと考えられる。母音のu とaは交換可能な音便だから、フンマーをよく知るドイツ人(上記のシュウィン、正しくはシュヴィンとアーノルドの一族、恐らくユダヤ系)がアメリカに移住して、これを英語風にハマーと呼んだのは、ごく自然の成り行きである。

 以下はハマーオリジナルの画像、岩場をよじ登り起伏の追い山岳地帯をかけずり回る、屈強なMTBのイメージにぴったり:



            
  
 上がHummer in north Germany、下がAmerican Hummer in north-east Japan

 以上の理由から分かるように、ハマーのルートはハンマー(金槌)でなくフンマー(ザリガニ)である。ザリガニは、北海に面したドイツ北部や日本では東北地方以北の小川や水田に棲息する小動物としても知られている。キールの北西にあるフーズムという漁村で見かけたことがあり、大変美味しかった記憶がある。そのオリジナルイメージからして、ハマーはスタイリッシュなシボレーよりは堅牢さを特徴としており、動きに北部ドイツと東北日本の人に共通した粘り強さ・堅実感がある。ザリンコの愛称がぴったりである。いずれであれ、私は大学での専門講義・教会での説教奉仕・自己修練の座禅会に行くにしても、どの様な学会行事や奉仕が目的であれ、「雨にも負けず、風にも負けず、…木偶の坊と言われようと」(宮沢賢治)、謂われのないどんな非難を浴びようとも、夜もすがらハマー(ザリガニ)の背に乗って出かけるのが楽しくて仕方がない。ときには「我思う」あまりに、ザリンコに乗ったままで三郷の用水路(半郷用水)にざぶんと半身水没したこともある(笑)。存在の家郷を尋ねつつ…時間に追いかけられるよりは追いかける、時の運用(Zeit vertreiben oder zubringen)に気遣いながら、MTBには他にない格別の楽しみがある。あまたの起伏を乗り越える、それだけでない。未曾有の風雨に負けず大震災にも負けず、「峠越え」の現に其処までいくら漕いでも疲れを感じさせない、倒れる不安も全くない。
 思えば、身近には賢治の他にも利休がいる。生きる苦難に立ち向かう仮初めの気概だけでない、利休のように「死」(神死!、祖仏共殺)の剣さえ歓迎する先達がいようとは、不思議というより絶句しつつ共感するほか無い。政局のガチンコ(政争の具=愚)を茶と生け花で制するだけでない。最後は、己を永遠の剣の生贄として献げる。見事な境涯である。遠近や明暗もさることながら、起伏の障害をものともしない、むしろ起伏を歓迎する乗り物(マウンテンバイク)でなら、利休が体現する審美禅の境涯に一歩近づけるかも知れないぞと、思わず一人でにやりとする。(これは次回のお楽しみ)

 ザリンコに、乗ってよすが(縁)の、峠越え 

 ハマーはザリンコ、渡りに舟の縁(よすが)に過ぎぬが、私にとって奥州が欧州である言葉の縁はそれで言い尽きることはない。待たれる峠越えは、存在の此方にあり彼方にある。自転車操業で尽き果てる前に、中小企業の諸君も、一度真剣にザリンコ操業(荒立つ景況感の起伏を恐れない、存在への勇気を証左する捨て身の技法)を試してみてはどうか。求められるよすが(縁)は有るものではなく造るもの、終わり目線からするにしても、出来上がった「最終生産物」( Endprodukt)からでなく、常に新たに「根源」(Ursprung)のイメージから自ら考えて造る(自分の感性・悟性・理性を用いてデザインする)ものだから。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年7月18日月曜日

熱いうちに叩かれよ、「我思う」為政者への勧め

Schmiede Eisen, solange es heiß ist. ein Rat für den Staatsman, der selber denkt. 
【9月8日(木)更新、付記】
新聞各紙の任意的報道(不特定多数を対象とした怪しげなアンケート調査)による、人気動向を気にする必要はない。それより、菅直人さん、もしあなたがドイツのメルケル首相に共感し、本気で脱原発は必要だと「わたしも思う」と言うのであれば、ご自分の主観性の格率を高めて、国民の誰もが納得する経験妥当(実現可能)な政策を打ち出さなければならない。客観的に有用なデータを収集するためには、まず抵抗する官僚たちを上手に使いこなす知恵が必要とされる。その為に、経済界の不安を払拭できるエネルギー政策転換の具体案(選択肢のある複数案)を提示しないといけない。そうしない限り、到底国民的コンセンサス(共感と同意)は得られない。この点では、7月12日(火)のBP Netmailで配信された大前氏の提言は有効且つ適切である。→ 大前研一:原発再稼動への合意形成プロセスを提案する [ BPnet mail 07/12 ]
 政治家としての閃きを思いつきだと思わせない工夫があなたには足りないか、周辺がうるさすぎて、政治家として「我思う」あなたの真意が伝わってこない。国難に際して思うところが私念でなく政治理念であると説得する何かが足りないか、倫理感の麻痺した言論人(ジャーナリズム)の喧噪だけが目立ちすぎて、震災復興内閣の真剣さが伝わってこない。「我思う」あなたの国家ヴィジョンを捨ててはいけない。むしろヴィジョンを持つ指導者は、自らの意志を鉄(マテリエ)のようにして、まだ熱いうちにこそ鍛えられ、しっかりと叩かれて初めて、国民に仕え働くモノ(為政者)としての見事な形状(フォルマ)が得られる。もちろん、内外の脅威により形状が崩れ暴走しないよう、天地の二重の扉に「閂」(かんぬき)を通した安心の門としなければいけない。こうして、安心して住める美しき故郷(生活世界)再建の礎となし得よう。脱原発を主導し、原発の利権を巡り経済産業省の背後で暗躍する面々を叩けるのは、差し当たり今はあなたを置いて他にはいないように見える。「我思う」あなたの脱原発ヴィジョンを曖昧にせず、むしろ確かなものとせよ。主観性を経験妥当な諒解ゲマインシャフト関係の要件に高めるために、国家戦略室にブレーンを集めてもっと(ヴェーバーとハイデガーを)勉強しなさい。有無を言わせず国民にはっとさせ「なるほど」と思わせる(共感をもたらし説得できる)かどうかは、真摯に「我思う」為政者の優れた主観性に根ざした社会政治言論の美学的課題である。
 考えるヒントは幾らでもある。例えば、先日ドイツのヴェルト誌(welt.de)に、Steuerbuerger氏の Einklappenという書き込み記事(ツイッター)が掲載されていた。これはその一週間前に掲載された福島第一原発事故の日本側レポートに対する、ドイツ市民を代表した一読者としての率直な意見である。
“In Japan wurde untertrieben, in Deutschland übertrieben - gleicht sich aus.”
原発のリスクが「日本では過小に、ドイツでは過大に扱われてきた。これ(両極端)は調整され均される」必要がある。とすれば、その調整ポイントが何か・どこに有るのかを、しかと冷静に考えよという提言であろう。したがって、単なるシンメトリー論をいうものではない。過小と過大に評価ポイントが別れるのは、紛れもない言語感性の違いにある。嫌なものからは目を背け、(ばれない限り黙して語らず)言わず終いの一方と、何であれ「語り尽くされる」(zer-reden / Heidegger)他方とで、言語文化の隔たりが余りにも大きい。厚生労働省の抱える問題については、菅首相もよくご存じだろう。しかし肝心の障壁は、巨大な利権の絡む経済産業省とおつむが旧態依然の文部科学省である。特に後者の(言語制度)改革が、明日の日本を左右しよう。菅さん、僭越ながら進言したい。何事にも怯まず、泰然自若として大なたを振るいなさい!人気は結果として後から付いてこよう。


付記: その後首相が菅氏から野田氏に交代したが、誰が首相であろうと、上で述べたことは妥当する。「回転ドア」の首相と揶揄されないためにも、後継者はしっかりと自分の肝に銘じてもらいたい。

Shigfried.Mayer, copyright all reserved 2011 by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年7月3日日曜日

主語がない・顔を見せない、述語論理の玉手箱

Fehlendes Subjekt und maskiertes Gesicht, berichtet aus der General-versammlung TKW
【7月9日(土)更新】
原発事故を起こした注目の東京電力株主総会が、628日(火)千代田区の某ホテルで催され、それとは別に報道機関向けの中継が東電本店の大会議室で開かれた。田原総一朗と佐高信、どちらが真っ当な評論家であるかといった議論に組みするつもりは毛頭ないが、相変わらずの「饒舌ぶり」(Gerede)には辟易する。それでも「曖昧さ」(Zweideutigkeit)に徹する企業側の言動を明るみに出す必要上、殊更に無視は出来ない。毎日新聞社の記者浦松丈二氏は、企業批判の急先鋒として知られる佐高氏の言動を織り込みながら、特集ワイドの詳細を逐一報告している。報道は一部意図的に制限されており、読者の「好奇心」(Neugierde)を煽るに十分だが、舞台上の人物(経営陣)の「顔(Gesicht, Persona)が見えない」よう工夫され、映像の焦点が絞れないように予め仕組んである(ドイツ語表記は私、以下同様)。
淡々と年次報告をする勝俣会長の言葉を遮るように、緊急「動議」(Antrag)が提出される。主語がなく責任がはっきりしないおわびだ。勝俣さん、責任を感じているなら議長は務められないはずだ。信任をとっていただきたい」(傍点は私)。議長不信任の動議を巡り、最初の議決が行われた。「賛成の方は挙手願います」(議長)に、大勢の人が手を挙げた。すわっ解任か?と思う暇もなく、続いて「反対の人」の挙手が求められる。こちらも大勢が手を挙げた。ところが、「反対多数です」(議長)と、あっさり否決されてしまう。不思議である。「どうやって議長は票を数えたのだろうか。会場に入りきれず、別室で映像を見ている株主も多数いるのに」と、怪訝な顔で記者はメモする。説明責任を追及すると、「東京電力の大株主には東京都のほか、銀行、生命保険会社など大企業がずらり。議長は会社側が、大株主から過半数の委任状をもらっていることを明かした。要するに、採決は“茶番”なのだ」。笑劇(Schwank)にはまだ選択肢の余韻を残すか議論の余地を示唆する芸があるが、この類の茶番は後味が悪い。最初から結論は決まっており、議論の余地は全くない。あとは反対者の口を封じるだけの、悪ふざけ(Posse)の演出に近い。脱原発の第三号議案も、同様の仕方であっけなく否決された。注目された歴史的総会は、こうして「壮大なすれ違い劇」に終る(引用句は浦松報告、脚注1参照)。総会屋でガードされた大政翼賛会的な以前のシャンシャン総会に比べると、株主の発言権が飛躍的に向上した今日的状況はまだましだと、お茶を濁してはいけない。「言語はその世界の限界である」(ヴィトゲンシュタイン)。
古来日本語システムの世界では、「主語がない」か明記されないケースが多い。あっても、主語と述語が連動しないので、発言の真意が常に曖昧である。発話者の「顔が見えない」から、責任の取りようがないと非難される。政治と経済に宗教を加えた三つ巴の社会言論混迷の主たる原因は、日本語教育の欠陥で裏付けられようか。例えば、屈折言語の欧米語と異なり、膠着言語である日本語動詞の活用形は、「人称変化」(Flexion der Person)を知らない。述語関係は、主語の「人称」(Person)とは無関係に用いられ言い済まされる。確かに、曖昧な言葉で決着を図られると、余計に政局は混迷するばかりである。足りないところは、英語やドイツ語の外国語教育で補ってもらいたいでは、余りにも無責任であろう。では、なぜ文部科学省は日本語動詞の活用に人称変化を導入しないのか、グローバル時代に見合った国語改革の余地は幾らでもあろうにと、疑問百出である。日本語文の主語・述語関係が、場面と文脈依存の文章論(読解技法)一点張りでは、もはや時代遅れではないかと、言われて久しい。当初、鈴木孝夫氏の「共感的同一化」論は弁明的で、私には後ろ向きの議論でしかないように思えた。しかし、示唆に留め完結しない俳句のように、「言い残しの部分を補うのは読者の積極的な感情移入」(positive Einfühlung)であるとみる成瀬武史氏の解釈(『ことばの磁界』)に触れ、最近では従来の考えを改めざるを得なくなった。リップスの『美学の基礎付け』は、その点で日本語改革への貴重な礎になるかも知れない。西洋譲りの主語論理にはない、述語論理の玉手箱が魅了する、至高のカスタム言語ゲマインシャフトによる諒解行為世界(Entwurf einer am Einverständnishandeln orienteirten Sprachgemeinschaft als letztmögliche Aufgabe der Ästhetik)を見たいものだ。 
生活世界では、主語述語関係がはっきりしないと、確かに困ることが多い。例えば、国内・海外で商いをするに、売り手・買い手の主観性(動機理解)を曖昧にした侭では、「経験の妥当は諒解の妥当」(ヴェーバー)という経済社会の鉄則に迫ることは出来ない。思索するにしても然り、「世界内的存在」の位相を読み損なうと、表層の「世間体的主観性」(mundare Subjektivität)に「先立つ」、より深い層にあると主張される「超越論的主観性」(transzendentale Subjektivität)(フッサール)の陥穽を見破れない。いずれ、「先立つ」モノの働きと人称のマスクした存在者との関係が問題となる。いざ東洋的主観性の、「述語となって主語とはならぬもの」(西田)を論じるにしても、「根源語」(ブーバー)である我と汝・我とそれの関係、「芸術作品の根源」(ハイデガー)は避けて通れない討議課題となる。「無人称」と揶揄される日本語世界だが、社会学的「共感論」からの読み直しによって、新たな地平が空け開くかも知れない。働きのみ有って人称が無いか隠されている(己を隠す)ことの意味がどうなのか、国風文化(禅)の原点に立ち帰って考えてみる価値は有ろう。その中に、垣根に薺の花を咲かせるか、隠れた主語(顔)を表舞台に引きずり出し一喝する、述語論理の玉手箱が隠されていよう。経済産業省と原発企業の背後に隠れた面々を本気で叱ることが出来る(脱原発を推進できる)のは、お遍路を済ませた市民運動家肌のこの管首相以外にいないかも知れない。この意外性が、日本の政治の歴史(社会言論史)を塗り変えるかも知れない。あくまでも予感である。
一言お断りしておくが、私は東電総会に於ける佐高氏の発言に全面的に賛同しているわけではない。言葉の端々に「縁」を見た、それだけである。二十年前の私であれば、憚らず追求する側に立っていたに違いない。大島先生に出会い禅に学び始めたのが二十年前、それ以来今日に及んで「主観性の世界(フッサール)と芸術作品の根源(ハイデガー)」を研究テーマに美学の課題と取り組む中で、以前の私とは「別様に考える」必要性を感じている。学生諸君も、私の社会学的共感論批判と一般社会学言論講義(序論)への取り組みの微妙な変化を、感じ取ってくれていることと思う。
卒業してこれから就職しようとする学生諸君が、自分に科せられた生涯の学習課題して、帰属先となる公益法人や営利法人の「法人」(juristische Person)とは何かを、レポート課題にしてもいい。それもまた、思慮に値する立派な「主語」(社会的自己の要件)である。これを機に、会社や企業のマスクしたヒトの存在を如何に理解すべきか、身構える擬制的行為を存在(言葉)の地平から捉え直し、それも所産(最終生産物)からでなく能産的無の《根源》から問い質すこと、最悪の想定からのみ、最善のシャンス(可能性)が生じることを考えよ。それをもって「善悪の彼岸」に、自分の悟性を使用して考える手掛かり、峠(存在の彼方)へと跳躍する足掛かり(シャンス)として欲しいと切に願う。君たちはどう考えるだろうか、率直な意見を聞きたい。

脚注1: 浦松報告の詳細は、以下のリンクを辿り参照せよ。
→ http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110630dde012020004000c.html

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011 by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年6月21日火曜日

『水瓶いっぱいの祝い酒』 (聖書講話)

Der bis jetzt aufgesparte gute Wein  in den Wasserkrügen

テクスト:イザヤ書55章1-2節、ヨハネによる福音書2章1-12節

0.前置き:
 東日本大震災以降の三ヶ月間、政治についてのブログばかりで、読者もうんざりであろう。そこで今回は、被災者の受けた傷を癒す意味もあり、「薬用の茶」(岡倉天心)の元となる薬用の葡萄酒の話をする。例外的に、ホームページ掲載予定の最近の説教から一部をここに公開する。ブログのために多少手直して講演調に書き直し加筆しておいたので、鬱積した気持ちの切り替えに一読され、少しでも復興のお役に立てれば光栄である。(9月26日更新、タイトル一部修正)
1.導入:
 今朝の話は、クリスチャンだから禁酒禁煙のはずだというピューリタン的発想や聖人伝説の固定的イメージを覆す、不思議な象徴的事件である。
2.聖書釈義:
(1)事の発端は「三日目に」婚礼へ招待されたこと。イエスの母マリアが同席、(用意した=蓄えの)「ぶどう酒がなくなってしまったので、母はイエスに言った、『ぶどう酒がありません』」。直訳すると、「彼らはぶどう酒を持っていません」、つまり婚礼の主催者であるこの家の「人たちにぶどう酒の在庫がありません」。これはぶどう酒の在庫不足から来るもてなす側の緊急事態を報告しているが、超能力の「あなたの力で何とかしてください」と要請している訳ではない。それにしても、母に対するイエスの答えは奇怪千万、「婦人よ(口語訳では「女よ」)、わたしとどんな関わりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません」。「婦人よ、女よ」などと言うものだから、「わたしとあなたはどんな関わりがあるのですか」と冷たく聞こえる。実はそうではない。ぶどう酒が無くて困っている生活世界の事態は、「わたし[は有る]と何の関わりがあるのです」と言っておられるだけだ。但しそれだけなら、「わたしの時はまだ来ていません」と言われるのも何かおかしい、ミスマッチである。実はイエスにとって、ぶどう酒は大切な象徴的意味を持つ。母は自分が冷たくあしらわれたのではないことなど分かっているから、深い繋がりは分からないままに、召使いたちに「この人が何か言いつけたら、その通りにしてちょうだい」と言っている。その家には、「ユダヤ人が清めに用いる石の水瓶が六つ置いてあった。いずれも二ないし三メトレテス入りのもの」だったという。1メトレテスは39リットルなので、最大で三倍の117リットル、しかもそれが六つだから、合計で702リットルもあることになる(清酒一本で1.8リットルだから334本分に相当。1樽で何リットル?、ビール小樽で15リットルだから、およそ50樽分に相当)。いくら貧しくても、ユダヤ人は婚礼の飲み食いにだけは物惜しみしない・祝い酒をケチらない。だから、祝い酒の不足は、主催者にとって不名誉な失態に繋がる。
(2)イエスが言われたのは単純なこと、「水瓶に水をいっぱい入れなさい」。そこで、召使いたちは目一杯水を入れた。更に、「さぁ、それを汲んで宴会の世話役のところに持って行きなさい」と命じられる。するとどうだろう、「世話役は水から変わったそのぶどう酒を味見した」。書いてはないが、相当美味しかったとみえて、客は褒め言葉を惜しまない。「人は誰であれ、初めによいぶどう酒(カロン・オイノン=一級酒)を出し、酔いがまわった頃を見計らって劣ったもの(エラッソー=安酒)を出すものですが、あなたはよいぶどう酒を今まで(=最後まで)取って置かれました」。客からは、イエスは主催者の家の一人と見なされている(身内の祝儀?)。
 それにしても、何故ぶどう酒の奇跡か? 先ほど、実はイエスにとってぶどう酒は薬用としての、大切な象徴的意味を持つと言った。ヨハネはその理由を深追いせずに、一言だけコメントする。「イエスはこの最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現された。そこで、弟子たちはイエスを信じた」、初めて信じるようになったのである。「しるし」とはギリシャ語でセーマイオン、それは今日で言うところの「記号」であるが、社会学的に「しるしを行う」ことは時間的意味連関に貫かれており、主観性の行為論的な発話動機を異なる仕方で構成している点に、注目しておきたい。
(3)それにしても、最初の10日間の締めくくりに婚礼の奇跡物語が重要だったのか。古いエジプトの言葉(コプト語)で書かれた外典福音書断片に、この話が出てくる。そこでは、マリアはこの時結婚した花婿の親の姉妹だという。紀元後2~3世紀頃の言い伝えでは、もっとはっきりしている。花婿はゼベタイの子ヨハネ、つまり第四福音書を書いたと言われるヨハネその人である。このヨハネの母親(=ゼベタイの妻)がサロメといって、イエスの母マリアと姉妹関係に当たる。すると、イエスとヨハネまたヤコブの兄弟とは、従兄弟同士に当たるという伝説が広く語り伝えられている。血縁関係の真相はともかく、カナでの奇跡が持つ本当の意味は別のところにある。
(4)それにしても、「わたしの時はまだ来ていない」とは、それ自体何を物語るか。父なる神の栄光を現す時の秘密と言われる。十字架と復活は、人の子にも「死ぬに時あり、生きるに時あり」、ヨハネ黙示録で預言される「小羊の婚礼」を目指す出発点(status quo)に過ぎない。「わたしの時はまだ来ていない」、それはマリアを初め弟子たちにとって何を意味するか。ヨハネ福音書が記録している最後の説教を読めば一目瞭然。「最後の晩餐」の後でなされた最後の説教は、実に13章から17章まで延々と続いている。そのメッセージは只一つ、「わたしはまことのブドウの木、わたしの父は農夫である。豊かに実を結ぶよう父は手入れをなさる。わたしはブドウの木、あなた方はその(実をつける)枝である。あなた方が豊かな実を結び、わたしの弟子となるなら、それによって、わたしの父は栄光をお受けになる」(15:1-8)。聖書の世界は、比喩的言語(メタファー)で一杯である。ブドウの実は食べ物と言うより飲み物、ぶどう酒にして飲むものである。その直後にペトロに対してイエスが言われた言葉を思い起こすことで十分。戦いの「剣をさやに収めなさい。父がお与えになった(ぶどう酒の)杯は飲み乾すべきではないか」(18:11)。小羊の婚礼を喜び祝う、自らの「終わり」を先取りした祝い酒のしるし行為と言えよう。
3.主題講解:
(1)弟子が師に出会い学び合う学舎に、ぶどうの喩え・ぶどう酒は欠かせない。男と女が出会って契りを結び祝福し合う、婚礼(新たな小羊のカップル誕生の風景)をイエスは単純に喜ばれる。そこでもぶどうの喩え・ぶどう酒は欠かせない。清めの薬水を飲んで心身の汚れが取れなくても、霊の洗礼を受けてみ言葉(裂かれた体を象徴するパン)を食し自分の十字架を背負って生きるも、ぶどう酒を飲み干す覚悟がなければ長く続かない。あれ荒んだ心に水と油を注ぎ燃やすものが聖霊の働きである。「人の子の体(=み言葉)を食し、その血(=霊の命)を飲まなければ、命はない」(ヨハネ6:53)。これはメタファーであって、アレゴリーではない。薬用の象徴として契約の血(=贖いのぶどう酒、霊の命)を飲むこと、これがヨハネ神学の一貫した中心メッセージだ。贖罪(しょくざい)思想は血なまぐさい話だが、歴史的に薬用茶や薬師伝承の背景となっている。象徴はあくまで、時間意味の保存形式である。
(2)キリスト者の交わりは独身の集まりでもなければ、孤高の人・恍惚の人・聖人たちの交わりでもない。伝説とはおもしろくもあり恐いものでもある。すでに二世紀には異端的な伝説が生まれる。花婿のゼベダイの子ヨハネに向かって、結婚しないようイエスが忠告したという(グノーシス主義的『ヨハネ言行録』)。中世の禁欲主義的カトリック世界では話がもっと極端にエスカレートし、花婿のヨハネは結婚式は挙げたけれども、新妻を残して自分はイエスに従い、その生涯を独身で通したという。かつてイエスは次のように言われたことがある。「洗礼者ヨハネが来て、パンも食べずぶどう酒を飲まずにいると、あなた方は『あれは悪霊に取り憑かれている』と言い、人の子(=わたし)が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う」(ルカ7:34)。いわゆる風評である。イエスは私たちの祝い事(婚礼)を共に喜び、疎外された人々の悲しみや苦しみを共にし、一緒に飲み食いされ一緒に寝泊まりされたではないか。それら一切は父から授かるぶどう酒を、最後の一滴までも飲み干すためであった。
 私たちの場合はどうか。平和を願い戦争行為に反対するも、東日本大震災で被災した地の人々を助けたり原発反対を唱えるにも、苦いぶどう酒を最後の一滴まで飲み干す覚悟が必要だ。人生が抵抗精神で燃え尽きれば、思い残すことなどない。それに対して、燃え滓の人生ではしょうがない。それ以上に辛いことは、生煮えか燃えること(心を滾らせるモノ)自体がない・燃えることを忘れた未消化の人生ほど、退屈極まるか苛々するほどに、忌まわしいものはない。「わたしの時はまだ来ていない」とは、自分に安全を確保する老後保険か退路を断つ仕方での乾杯の決意表明であるよりも、ぶどう酒を祝い酒として飲むに時あり、別れ酒として飲むに時あり。自分の終わり(可能なる死)への後追いでなく、死への先駆的な覚悟性が問われている。この点で、初期ハイデガーの哲学と我が師ユンゲルの「十字架の神学」には、相通じる思いがある。
人生の三つの節目或いは生活世界(Lebenswelt)のクライマックスを象る三つの出来事、誕生と婚礼と葬儀(という「縁」)を通じて自分たちの心身を、熱く或いは静かに燃やすものが何か、その都度人は自分の足下(自分が佇む現に其処、超越論的主観性の「淵源」)を試される。西方の教会では聖霊は「熱風」であるが、西方を追われ東方に逃れて生きたネストリウス派の教会(景教)は、いみじくも聖霊を「涼風」と別様に喩えている。「冷たい理性と感情文化」とは西洋人の感覚だが、理性統治の難しい東洋人(日本人!)にとって、崇高な感情や霊の働きは熱いとは限らない。むしろ大悟を迫るのは、熱い思いを冷ます涼風の働きであろう。東洋では西洋と異なり、霊性は冷静(vernünftig)である。混迷を極める政治と宗教を尻目に、理性と感性の仕切り直し・再定義が必要とされる所以である。いずれであれ、自分が一番大切にしているものが何か、上限(言葉)と下限(無)に対する二重の備え、身の安全と平和戦略(相互保証のある体造り)の如何にを容赦なく考えさせられよう。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Riakishakaigaku

2011年6月4日土曜日

「諒解」なき政治の混迷、曖昧な言語経験のつけ

Die Armut der Politik ist in der Vergessenheit des öffentlihchen Seins.
【6月7日火曜日更新】 
死を恐れず、我が身を危険に晒してまで、原子炉の冷却を実行したのは誰なのか。饒舌な政治家のあなた達ではない。名もない末端の下級官僚たち、市町村の消防隊員や自衛官たち、加えて一私企業の東電社員たちではないか。如何なる風評にも狼狽えない、断固として信念を貫く政治家はいないのか。未曾有の国難を誰が予想していたか、言ってもらいたい。いったい誰が、自分なら場当たり的でない政策実行を断固としてなし得たはずだと、胸を張って言えるのか。誰もいない、一人もいない。谷垣さん・山口さん、聴いておいでか?
一度は、冷却用の海水注入の「中断」を言った・言わないの喧噪の挙げ句の果てに、原発所長独自の判断で、実際は「中断がなかった」ことが5月26日に判明するや否や、「いったい私は何だったのでしょう」(斑目原子力安全委員会責任者)で話は宙に浮いた。この度は、6月2日の代議士会前夜に、菅首相と鳩山前首相との間で交わされた合意文書の曖昧な「確認事項」で、退陣の時期について言った・言わないと大騒ぎ、文面にない退陣時期についての「期待感」を込め言い含ませて、「約束が違う、裏切った、ペテン師だ」と、被災者を度外視した果てしない泥仕合が続く。言葉にない(文面に明記されていない)ことで言い争うのは、愚の骨頂である。双方に、政治的存在(politisches Wesen)の義が余りにも曖昧で、不透明のままにやり取りされている。それは、社会言論の要が分かっていない、厳密な意味で「諒解」されていない証拠である。管首相の不手際・不器用さを責める前に、鳩山さん自身の早期隠退こそ望ましいという声さえ聞こえてくる。不幸なことに、鳩山さんは沖縄の普天間基地問題でも同じ過ちを犯している。不用意な言葉を漏らし、それが言質に取られて、沖縄を巡る政治状況が一変した問題をもうお忘れだろうか。せっかくの仲介がお節介に転じ、「いったい私はなんだったのでしょう」(ご自分の言葉)では、余りにも悲しい。鳩山さん、聴いておいでか?
新聞紙上に公表された合意文書の「確認事項」を読む限り、退陣の条件はそれなりに理解できるとしても、肝心の退陣の時期については一切触れられてはいないのだから、「約束が違う、裏切った」という発言はまるっきり見当違いである。自分の期待感(主観性)だけで相手を決めつけてはいけない。ただ、鳩山さんのお気持ちとしては、なるほど文面にはないが、何度もあなたに口頭でお伝えしたとおり、早期退陣の「期待」を理解し速やかに実行してもらいたい。つまり、行間の心情をくみ取り、発言の真意を理解してもらいたいということだろう。
しかし、「諒解」は「暗黙の了解」ではない。(相互)主観的に当てにされるだけの、曰く付きの「合意・協定」とも異なる。マックス・ヴェーバーに拠れば、「諒解行為は、合意した協定文書が無くても、有るかのように振る舞うこと。つまり、「他人がすることに予想を立て、それに準拠して行為すれば、経験的に妥当する蓋然性が客観的に存在する」という確信に基づいてなされる、妥当な「見積もり可能性」のことである(『理解社会学のカテゴリー』第6章、私訳)。菅さん、聴いておいでか?完読をお薦めする。
御尊父の鳩山一郎氏から受け継がれた「友愛」の精神にも拘わらず、心情倫理一徹だけでは政治結社を意の侭にすることは出来ない。ましてや、言葉にないことで政治家の責任倫理は果たせない。ここは、元代表の小沢氏自身が言うように、「今までになかった(退陣の)文言を取り付けた」のだから、それでよしとし十分とすべきではないか。
政治家にとっては、国民の「期待」を予想し、それを叶えることが第一要件である。政治家自身が舞台の主役であってはいけない。この点では、国民に奉仕する立場の官僚に見習えである。「官僚依存からの脱却」を詠うのであれば、聡明なエリート官僚以上の技巧や知恵を結集しないといけない。原発の利権(既得権益)に絡む組織(省庁の官僚・政治家・電力会社、三つ巴のの癒着関係)は、鉄壁である。これについては、次回論じる。
民主党が「官僚からの脱却」を願うなら、内部亀裂を恐れずに、先ず国民を味方に付けよ。その為に、一時も「主権在民・国民主権」の原則を忘れてはいけない。政治に於いては、一にも二にも市民・国民が主役なのだから。政治家諸君には、自らの言葉の未熟さを恥じて「謙る」ことを学んでいただきたい。不信を払拭できず国民に期待されない政治家は、肝に銘じてもらいたい。小沢さん、聴いておいでか?たとえあなたの目からするとぼんくら首相でも、手を惜しまず支えるべきであって、いつまでも背後でごねている印象を国民に与えるのは賢明ではない。何よりも、謙りの「証」として期待される、被災地復興と被災者支援の断固たる政策実行を、関係者各位にお願いしたい。
日本政治の脆さ・暗さは、言語経験の未熟さ故である。日本の社会言論は、啓蒙主義以前の未成年状態の段階にあり、未だに脱却の見通しが立たない。せめても態(わざ)とらしくない、自然な仕方で「諒解」し合う言語ゲマインシャフトの形成が強く望まれる。冷たい理性と感情文化、「上限の言葉と下限の無」(大島淑子『禅は別様に考える』)について考え抜く際に必要となる、天地開闢以来の「二重の扉に閂」(かんぬき)を付ける実践理性の政治美学的課題を見据えること、曖昧な希望的観測(主観性)の押しつけや恣意的に見積もられた「想定」枠(思惑通りの客観性)を捨て、怪しげな主観性の最終産物を括弧に入れて、「禅譲」を迫るにしても後追いでなく先駆的に身を挺して模索されることを期待したい、政治的情熱は捨てることなく冷静に討議され、真剣に己を捨てる・「已(すで)にとする」道(ケノーシスの実践)を平常底とするよう要請したい。あとは、仲介の労が無駄ではなかったと誰もが告白できるような、日本に於ける政党政治の新たな始まり・諒解ゲマインシャフト関係への「自己刷新」(Erneuerung des Selbst)を心より願うのみである。
政治の貧困は、主権が帰属する「公共的存在」の忘却にある (Die Armut der Politik ist in der Vergessenheit des öffentlihchen Seins.)。公共的存在とは、他ならぬ国民の存在である。その国民の目線では、否が応でも、不安の余り「公共性のマスクしたヒトの現存在」(ハイデガー)を顧みるに時を惜しまず、被災者のゾルゲ(憂慮)の理解と解決に万全を期すことに於いて、あなた達政治家の手腕・(政局に溺れない)政治の正義を裏付ける美徳(politische Tugend)が問われることになる。「黒子」(Souffleur, Kastengeist)に徹することがお嫌いな面々には、即刻バッチを外し(国会議員を辞職し)ていただくほかにない。復興が待たれる状況下での党利党略まがいの喧噪には、国民は「うんざりしている」(angeekelt sein)のだから。官僚依存からの脱却を夢・幻に終わらせないためには、どうしたらよいのか。官僚を黙らせ共感に追い込むほどの、インパクトのある政治劇が考えられよう。
見応えのある政治劇は、「社会言論の美学的課題」 (Ästhetische Aufgabe der Sozial-Rede)である。国会議員の諸君、せっかくなら、国民が納得し魅せられる「政治劇」をしなさい!志位さん・福島さん、聴いておいでなら、ぜひ仕掛けてもらいたい。国政刷新の仕掛け人には、渡邊さん・田中さんが一番適任だが… 国政を預かっている諸君が日本国民の叡智を結集して、天災・人災に負けない・挫けない国土復興のモデルを提示することで、グロ-バル世界を感銘と共感へと呼び込む得心の劇、不朽の歴史的価値を人類史の記憶に刻む、忘れがたい政治劇を演じてもらいたいと切に願う。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011, by 宮村重徳, the Institute for Riakishakaigaku

脚注: 文中「~さん」で言及した政党関係者(党首)の人名は以下の通り、
自由民主党(総裁) 谷垣禎一、民主党 菅直人(前代表:鳩山由紀夫、元代表:小沢一郎)、公明党 山口那津男、日本共産党 志位和夫、社会民主党 福島瑞穂、みんなの党 渡邊喜美、新党日本 田中康夫

2011年5月12日木曜日

言論の正義と美学のジレンマ?、水素爆発の暗影

Die Gerechtigkeit der Sozial-Rede ist die politische Aufgabe der Ästhetik.
【5月29日更新】
これまでに、「言論の自由」が話題になることはあっても、「言論の正義」について本格的に論じられたためしがない。はたして、言論の正義はあるのかないのか、あるとすれば何か、最近の事例を元に考えてみたい。例えば、東電叩きの例が参考になる。何か事故が起きると責任者が問われるのは当然としても、一企業の東電だけが悪者であるかのように、同じ論調で各紙は報じるが、国策として推進してきた歴代の政治家たちの責任は問われず、すべてが頬被りの侭である。管内閣の政治手腕が問われるのは当然としても、ジャーナリズムによる個人攻撃的・中傷的・人格誹謗的な「罵詈雑言」にはあきれ果てる。なるほど非凡でなく凡人の、つまり「普通の人」ながら真摯に薬害エイズ訴訟に取り組んだ苦労人、その管首相が自分なりに精一杯頑張っているのだから、国難の今私心を捨て彼を支えるのが常識であろう。与党野党を問わず、自分も「首相になりたい症候群」の政治家たちは、足を引っ張ったり揚げ足取りの愚行を重ねるだけで、みっともない(「笑劇」にも勘所の「美芸」があろう)。国家戦略的「復興会議」と言うもパフォーマンスをでず、「言論の正義」を踏まえた政治哲学の欠片も伺われない。政策的言行に自信なく首尾一貫性がない、捻れ国会での右往左往ぶりの報道だけとは、実に寂しい・困ったものだ。所詮「政治は妥協」というも、言行不一致ではどうしようもない。だからといって、言行一致は共産党だけではないかと言う、党利党略の肩入れをするつもりは毛頭ない。いずれも、「帯に短し、襷に長し」のミスマッチで、たいして変わりはない。
さて、我が国に於ける社会言論の不毛さ(未成年状態)は今に始まったことではなく、明治維新以来の負の遺産である。伊藤博文や中江兆民にしても然り、啓蒙主義の世界に渡り法の精神(契約思想、憲法と民主主義)を学びはしたが、短期間での学習には限界があった。知識の大半は鵜呑みされ、曖昧さと無理解に終始している。吉野作造の民本主義でさえ、国民の「身」に付いたものでなかったか、せいぜい上着を羽織るように「身」に纏ったに過ぎなかったから、多くの賞賛と共感を呼んだにも拘わらず、「言葉」(の暴力)に躓き破綻するも時間の問題であった。その証拠に今でさえ、国会審議で象徴されるように、相手が語ることを誰も聴いてはいない。「あいつはこう思っているに違いない」と、頭から決めつけているだけで、あくまで腹心の一物(自分の意見)を押し通すのみ、対話弁証法的な「討議」が成り立たない所以である。東電の原発事故を巡る政治家の発言の迷走ぶり・会見場での釈明の不手際は、紛れもないその証左であろう。
先ずもって事実関係はどうなのか、瀕死のトルソー(胴体部)を把握できるトップ(考える頭部)がいない。例えば、昨日の衝撃的な発表で、事態は一気に転倒しかねない。東京電力は5月9日(月)、福島第一原子力発電所で、原子炉建屋が激しく損壊した4号機について、「水素爆発以外の可能性がある」とみて調査していることを明らかにした。「建屋5階の使用済み核燃料一時貯蔵プールで、水素を発生させる空だきの形跡がないことなどが判明」した。この調査結果を踏まえると、建屋の倒壊には「別の原因がある」との見方が浮上していると。事実誤認とすれば大問題、大震災から二ヶ月あまりが経過した後の、不承不承での発覚である。
では因果関係はどうなのか。「建屋内には、原子炉内のポンプを動かす発電機用の潤滑油貯蔵タンク(約100トン)がある。他にも、溶接作業などに使うプロパンガスのボンベもあった」と考えられることから、事故との関連が疑われている。使用済み燃料棒の入ったプールの水質を調査した結果、意外にも「放射性物質の濃度が比較的低く、水中カメラの映像でも、燃料を収めた金属製ラックに異常が見られない」ことから、水素爆発を誘発する「空だきが起きていたとは考えにくい」と結論づけている。水素爆発でなければ説明できない破壊現象と、水素爆発以外の原因があった可能性を強く示唆する調査結果は、ジレンマをもたらす。
すると、運転を誤って起きた不祥事ではないとしても、運営(経営)上の想定を遙かに越えた大地震と大津波によって、核燃料でない他の燃料タンクが損傷することで、建屋上部の爆発に至った二次災害の可能性が高い。この点で、福島の事例はチェルノブイリの原発事故とは、根本的に様相を異にする。大事なことは、不確かな情報を元に騒ぎ立て、あらぬ風評を流し社会不安を煽ったり踊らされたりして、パニックに陥らない・陥らせないことである。危機的状況においては、常に正確な情報収集と冷静な分析判断が必要とされ、政治家には迅速な政策実行と救済処置が求められる。メディア言論には、受信情報の「正確さ」(客観性)と同時に情報発信源の「信頼性」(主観性)が求められる。しかし呉々も注意してもらいたい、判断者にとって「時間は貨幣である」(フランクリン)。主客未分の境涯を歌っている暇はない。時を惜しみつつも投資のタイミングを見失わないことが大事であるように、信頼できる価値情報はやはり時を知る「人手」次第、「見事な手さばき」(schöne Kunst)は妥当性と適時性を要する。
社会言論は、世論として平均化される場合を含め、自分の憶測や仮初めの判断を吟味しないまま垂れ流したり、ジレンマを他人に強いたりするものであってはいけない。それは「真偽」の選択肢を包み隠さず読者に提供しつつ、「言論の正義」(信憑性・真理性)を問わせるだけでない。同時に、為政者と国民の「諒解」に基づく社会的判断力に求められる妥当性追求は、高度に美学的な言論課題だからである。「身」と「体」を攫われ引き裂かれた人にとって、正義論(真理論)と美学論は切っても切り離せない。すでにシェリング(『芸術哲学』)において、真と美は同一のカテゴリーであると明言されていた。戦争行為のような人為的災害のみならず、地震と津波のような自然災害についても然り、それが国土復興に必要な「諒解関係」を結ぶ社会行為の大前提となることを肝に銘じておきたい。「自ら招いた未成年状態」(カント)を脱するには、まず失われた言語感性の再取得から始め、社会言論の格率(言語行為の主観的原理)を普遍的法の諒解レベル(公共性)へと高めるほかにないと、少なくともわたしには思われる。諸君の率直な意見を聞きたい。
(引用した一部のリソースは、20115100014分付けの読売新聞朝刊から、補足を含めそれ以外の文責はすべて私)

付記: (その後の経過報告と社会学的考察)
以上はあくまで4号機での話である。今度は、復興計画で一番進んでいたはずの「1号機で、原子炉内の核燃料の大半が溶融し、高熱で圧力容器底部が損傷した」と言う。この問題で、東電は5月12日、「直径数センチ程度の穴に相当する損傷部から水が漏れている」と発表した。「溶融した燃料は圧力容器の底部にたまっている」と見られ、東電は、この状態が、核燃料の「メルトダウン(炉心溶融)」であることを認めた」(読売新聞、他同様)。東電の松本純一原子力立地本部長代理は、同日夕の記者会見で、「燃料が形状を維持せず、圧力容器下部に崩れ落ちた状態」と現状を説明し、初めて公に「想定外」のメルトダウンを認めたことになる。2号機・3号機でも、同じことが危惧されると言うに及んで、二転三転する釈明に「今更」の嘆息しか残されていない。
今回の事故が教えることは、マテリエにフォルマがないと暴走する典型だという一点のみ。「冷たい理性と感情文化」、或いは「科学への反目と詩作信仰」のジレンマ(レペニース)を論うまでもない。語ること(言葉)と語り終えぬこと(無)への覚悟と備え、それも「心情倫理的でない、責任倫理的に方向付けられた」社会言論の実践が問われる。ヴェーバーの『職業としての政治』(89頁以下)は必読、政治家諸君は党派を問わず、終わりまで音読して自らの戒めとしてもらいたい。
原子炉を冷やすために、《真水》を注げば注ぐほど、《汚染水》が増えるというジレンマの「解」は、僅か数センチの亀裂で出来た《穴》、如何にしてこの《穴埋め》をするか、あとは技術者の「腕前」(Kunst)次第ということだろうか。5月14日、この僅かばかりの《穴》から、「一万トンの内少なくとも四千トンが《消えた》ことになる」と、消えた水の行方を巡り疑心暗鬼だけが先行し情報が錯綜する中で、当惑から衝撃へと状況は一転する。「暴走する車の車輪に、楔を打ち込む」(ボンヘッファー)人はいないのか、叡智者たる存在の真と美がマッチしないぞと「良心」に咎められても、呟くばかりで返す言葉に力がない。人類はそのミスマッチへの自己責任を厳しく問われている。
5月15日(日)21時25分

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011 by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年5月6日金曜日

波打つ自然と自由のフーガ、歌詞あればこそ…

Wenn es keinen Text gäbe, .... über die Sprache, die Seiende zur Sympathie bringt
  考えてみると、この間二ヶ月近くは、波打つ大地と高ぶる大波に身も心も攫われ、二次災害の原発事故が相次いだ、暗いニュースばかりでしたね。5月5日の今日は「こどもの日」ということもあり、明るい話題を一つ取り上げたい。(2013年6月20日更新)
 つい先日開催された「第78回NHK全国学校音楽コンクール」中学生の部で、ロックバンドのフランプール(flumpool)が演奏した課題曲、中でもその歌詞が話題となり、全国で波紋を広げている。東日本大震災で大きな被害を受けた仙台の中学校を訪れ、生徒達にエールを送るために歌われたものだ。もし歌詞抜きで曲が演奏されるだけであったら、こんなにも若者たちの心を捉え、浸透し、共感の輪を広げることはなかったに違いない。メッセージ(時機を得た言葉)がメロディーに載せられて初めて感動を呼び、「存在への勇気」を分かち与え、リスクを恐れず前向きに考えさせる動機となったのであれば、音楽言語学や記号学の構想を再考しなくてはいけない。「証」は、存在の響きが言葉となって身(肉)に宿り、狼狽する高齢者層へと若年世代から贈り届けられた点で、関係の逆転現象を明示している。

「証」(あかし)
作詞:山村隆太 作曲:阪井一生

前を向きなよ 振り返ってちゃ 上手く歩けない
遠ざかる君に 手を振るのがやっとで
声に出したら 引き止めそうさ 心で呟く
”僕は僕の夢へと 君は君の夢を”
あたりまえの温もり 失くして 初めて気づく
寂しさ 噛み締めて 歩みだす勇気 抱いて
溢れだす涙が 君を遮るまえに
せめて笑顔で”またいつか”
傷つけ合っては 何度も許し合えたこと 
代わりなき僕らの証になるだろう
”我侭だ”って貶されたって 願い続けてよ
その声は届くから 君が君でいれば
僕がもしも 夢に 敗れて 諦めたなら
遠くで叱ってよ あの時のようにね
君の指差すその未来(さき)に 希望があるはずさ
誰にも決められはしないよ
一人で抱え込んで 生きる意味を問うときは
そっと思い出して あの日の僕らを
”またね”って言葉の儚さ 叶わない約束
いくつ交わしても慣れない
なのに追憶の破片(かけら)を 敷き詰めたノートに
君の居ないページは無い
溢れだす涙 拭う頃 君はもう見えない
想う言葉は”ありがとう”
傷つけ合っては 何度も笑い合えたこと
絆を胸に秘め 僕も歩き出す

  フランプール(flumpool)がNコンのために用意した新曲「証(あかし)」は、発表以来「勇気をもらった」・「前向きになれた」・「歌詞に共感した」など、全国から多くの反響を集めたと大変な評判である。歌詞に「追憶の破片(かけら)を敷き詰めたノートに、君の居ないページは無い」とあるように、不在の君が不在の仕方で我自身に語り掛け、不安に怯える我を慰め勇気づける。下限に向き合えた人だけが知る「身」の証、「共感」は共鳴する体のメモリアル(記憶の栞)である。だからと言って、ナイーブ(素朴)過ぎるとかセンチメンタル(情緒的)だといった通り一遍の批評はまったくあたらない。就職難で喘ぐばかりの大学生たちとは対照的に、この歌を口ずさむ中高生たちは社会の暗影に飲み込まれず、とても元気で明るい。いずれ時間の合間を見て、許可を得次第、この歌詞をドイツ語に訳出してみたい。
 聴くべきは、自然が送り込む高ぶる波(必然)に対して、今は無き友の温もりを歌詞に感じさせる繊細な言葉の調べ、スタイルは個性的で型破りだが、自由闊達な語りで縁を起こし、メランコリーの成人世界を揺さぶり、背後からその未成年状態のマスクを剥ぎ取ってみせる音。それは、自然支配を企てる者(西洋の近代合理主義者)たちに聴かれず終いの音域、大自然に対して己を謙る人(学習可能な世代)だけがよく聴きうるところの、存在と言葉のフーガ(和音的「諒解」関係)を予感させるかのような、21世紀音楽社会学の産声である。私が初期のブログ(2010年10月)で書いておいたように、何らかの理由で自然と社会の「歴史から抹殺されたか、忘れられて「すでに無い」ものが、「まだ無い」仕方で自らを語り聞かせる、資本主義社会に於いて「諒解」可能な社会的人格(Sozial-Person)は、次世代を担う君たちのシャンス(可能性)となる」と言ったのは、その意味からである。

 因みに、作詞者の山村隆太は1985年生まれの26歳、ビートルズの影響を受けて育った天才的なギタリスト。「歌うことは光」を灯すこと、人の温もりを伝えることだと言う。現代日本に於ける若者世代の平均的な感情を代表している。彼がポータルとして参与しているフランプールの歌は、次のサイトで公開されているので(若干聞きづらいが)、海外在住の方も自分の気持ちを重ね合わせ(einfühlend)、一緒に歌ってみて欲しい。

MUSIC JAPAN flumpool「証」
→ http://www.youtube.com/watch?v=941yvi_wpvw

Shigfried Mayer, copyright all reserved bei 宮村重徳, 2011、the Institute for Rikaishakaigaku

2011年4月18日月曜日

政治の《技量》が試金石に、収束へのシナリオ

Unschüsselige Politik und ausbleibende Techinik der  Bürokraten sind reif zum Abbruch.
【4月28日更新】 
 2011年4月17日(日)、東京電力の勝俣恒久会長が記者会見で、福島第1原発1~4号機の「収束工程表」を発表し、原子炉内の水が100度以下で安定する「冷温停止」になるまで、最短でも6~9カ月かかるとの見通しを明らかにした。ひとまず、最悪のシナリオは避けられた。福島原発の事故が同じ危険度のレベル7(深刻な事態)に引き上げられたとはいえ、前回わたしが予測しておいたとおり、第二のチュルノブイリとはならない「見通し」が示された点では、一応の評価をしたい。しかし、IAEA(国際原子力委員会)のフローリー事務次長がその報告を受け、ウィーンの本部で12日に記者会見した際に、福島原発とチェルノブイリ原発の二つの事故は「構造や規模の面でまったく異なる」と指摘している。曖昧な日本語では分からないが、今回の日本原子力安全保安院の発表はいかにも唐突である。では、ロシアの当局が伝えるような「政治的判断」だったのだろうか。わたしは必ずしもそうは思わない。ドイツ語で言えば、「見通し」の発話がまだ現実話法でなく、おそらく接続法第二式(仮定法)の範囲を出るものでないと考えられる。但し、外交辞令として希望的観測を述べたに過ぎないのではなく、それなりに事態(国際的影響関係)の深刻さを受けとめたいとする覚悟性と、収束への手順を踏まえた率直な決意表明と受けとめたい。下限のリスクを見極めるにまだ迷いがあるのだろうか、この「収束工程表」の推進自体を妨げる「想定外」の事故が起きることは想定されていないように見える。発話の真意がぶれる曖昧なこの一点に、海外在住の読者の注意を促しておきたい。いずれレベルダウンし事態が工程表通り収束に向かうとしても、グローバル時代に於ける「諒解」妥当な社会言論の如何にが、よりいっそう真剣に問われる所以である。
 今回の原発事故で明らかになったことは、政治家の非力さ(決断の遅さ・政策実現への説得性の無さ)と、リスクに立ち向かう下級官僚の凄さ・技量のすばらしさである。東京都消防庁のハイパーレスキュー隊も、消火活動に動員された警察官や自衛官の部隊と同様、国家に仕えるお役人、つまり末端の位でも立派な官僚たちなのである。彼らが自己犠牲を厭わない「侍」の末裔であるという海外メディアの賞賛ぶりには、正直に言って驚かされる。ドイツと同様日本の官僚たちは、位の有る無しに拘わらず、滅私奉公を肝いりで実践する。我が身の危険と死を恐れたりはしない、ただそれだけのことである。臨済が言う「一無位の真人」(しんにん)の境にはほど遠いとしても、日常世界では近接性のある原風景であろう。身内を失っても挫けない東北人の粘り腰、強さと優しさに仏教的精神の素養また背景があるのは間違いないが、それは官僚の問題とは別であろう。官僚組織の一員である彼らには、自分の命を賭して国を守る義務・国民を助ける責務があるのだ。国会でどたばた会議や泥仕合を演じることしか能がない国会議員たちを見る限り、評価する国民の厳しい目線に変化の兆しをみることは望めない。国家百年の計に立った政治哲学と政策実行力、何よりも国民をなるほどと頷かせる説得性のある言語能力が問われることになろう。私が提唱するところの「社会学言論」は、諒解刷新の為に狼煙(のろし)を上げることである。
 ハーバード大学のサンデル教授が独自のコミュニタリズム論で彼らを賞賛するのは、中国官僚の頽廃ぶりやアメリカ合衆国官僚のさじ加減(自己犠牲的行為に金銭的保証と報償を求める打算性)を告白しているに等しい。その彼らは一様に、リスクを売り物にはしても、本当はリスクの怖さを知らない。リスクを知らない美学は、頭痛を一時和らげるだけの鎮静剤のコマーシャル論である。では、危機的状況を収束させるに必要なことは何かと言えば、自己再建を助ける「見事な技術」(Schöne Kunst)である。その為に、カントの『判断力批判』とフッサール晩年のマニュスクリプト、更にヴェーバー理解社会学への学びは必須となろう。しかし、それでも何かが足りない。下限のリスクについては、ハイデガー(とその弟子大島淑子『禅、別様に考える』)との取り組みを避けて通れない。個人的な関心で言えば、ケノーシス論の今日的課題・明日のリスクを引き受ける社会的自己の要件として、「官僚論」は見逃せない。もちろん、かく言う私が官僚政治を弁明する立場にないことだけは、明言しておきたい。公共性のマスクをしたヒトの巧みな働きは、君たちが期待するほど真っ直ぐではない。「公共の哲学」といえども、考えるところは標準的で公平に見えても、リスクに身を晒すときの遂行の実態は極めて複雑である。趣味を嗜む日常性が脅かされる不安が有るからであろう。「繊細なる精神」論でない、手応えのある諒解ゲマインシャフトの「身体論」が求められていよう。
 「官僚依存からの脱却」をモットーに掲げながら、民主党は政策実現に失敗しているのではないか、国民の不安は募るばかり。それは、政権を自民党に戻せば解決するといった単純なことではない。官僚丸投げの自民党政治に期待できる明日はない。では、無差別に働くモノ(自然の猛威)から国民の生活を守り平和と安全の社会(ゲマインシャフトの正義)を実現するのは誰なのか、(最後は共産党か公明党かなどと、他人事のように)安穏と言い争っているときではない。忘れてはいけない、長い間東電を甘やかし原発危機対策を蔑ろに放置させてきたのは自民党政権であり、連立を組んだ公明党の諸君も責任を免れない。首をすげ替えるだけで、トルソー(胴体部分)が変わらないとすれば、元も子もない。霞ヶ関の高級官僚たちを尻目に、無位に甘んじる下級官僚たちの技ありの力量を抜きにしては、君たちの自由と安全が保証されないとすれば、政治が官僚の技量を謙虚に受け入れつつ、自分たちの党派党略的見せ場作り(作為性)をかなぐり捨てて、国民総意の「命の安全と安心」が保証される、相互主観的に「諒解」可能な環境世界を構築することへ目的意識を一段と高め、普段にリスクと向き合う生活世界の技法と手技(Kunst)の万全を期して、「平常底」に生きるヒトの知恵を結集する以外にはないではないかと、私は問い返したい。働くモノとヒト(res et persona)がよく共鳴する「諒解関係」のゲマインシャフトをグローバルに実現するという課題、それは理論理性と実践理性の批判的課題を手綱で橋渡しする、厳密な意味で「21世紀の美学」の課題となろう。政治への関心の有無に拘わらず、テクスト研究「主観性の世界と芸術作品の根源」の受講乃至聴講、せめても当ブログでの討議への参加を期待しまた歓迎する。

追記: 
 4月23日(土曜日)現在、仏原子力大手アレバ社による放射能汚染水の徐染施設の前倒し設置と、USAの軍事用ロボットによるモニタリングが実施されている中、 早期の成果が期待される。今でも振度4~6程度の余震が絶えない毎日だが、その数も日を追うごとに少なくなっており、遠からず危機的事態が沈静化し収束するのも間違いない。後は、被災地の復興が目まぐるしく進行する中、「想定外」の地震や津波による原子力施設への影響がこれ以上無いことを祈るのみである。
 
Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011 by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年4月6日水曜日

「水と安全」は、ただでは手に入らない

"Wasser und Sicherheit sind nicht umsonst zu bekommen" (Isaja Ben-dasan)..  
【4月6日更新版】 
「水と安全は、ただで手に入る」ものと日本人は考えているが、実はそうではないと反駁したのが『日本人とユダヤ人』の著者イザヤ・ベンダサン(山本七平)である。この警句が示唆していた安全神話の脆さを、東北関東大震災による原発事故を目の当たりにした読者は、直に実感し痛切に思い知らされたのではないか。判断の明暗を分けるのは、水資源に恵まれた環境から来る安全への無頓着さではなく、頬被りする「危うさ」の問題であり、その尺度の違いである。未曾有の危難を乗り越えるには、人為的な限界認識の危うさ(擬制の仕組み)を見破ることが必要となる。
はたして原子力の平和利用は、東京電力福島第一原発事故を受けて破綻するのだろうか。徒に恐怖心や疑心暗鬼だけが先行する中で、人間が誇る先端技術科学が危機を迎える際の「限界」認識について論じておきたい。個人的な所感を申せば、日本はこの危機を粘り強く乗り越えるだろう。信頼できる情報筋からの話として申し上げると、第二のチェルノブイリ原発事故とはならないと思われる。その証拠に、関係者の命がけの献身的な作業が今も不眠不休で続けられており、原発の冷却システムが比較的安定し始め、放射能漏れも高濃度とは言え一部の水たまりに限定され、収束状況にあるわけではないが一応コントロール可能な範囲に収まってきており、ひどく危険な拡散状況ではない。とは言え、危機が去ったわけではない。四つの震源が連動して起きた今回の事件は、「想定外だった」で済まされない、そういった言い訳が通用しないことだけは肝に銘じておかねばなるまい。国難の危機は過ぎ去り、日本はよく耐えた・危機を乗り越えてくれたと誰が賞賛し誰が賞賛されようとも、自然災害と人的災害というダブルパンチへの備えの不十分さと見通しの甘さへの反省は、今後否が応でも必要とされよう。
毎日新聞ロサンゼルス支局吉富裕倫特派員の4月3日付の報告では、「東京電力福島第1原発と同型の原子炉を設計した米ゼネラル・エレクトリック(GE)社の元技術者、デール・ブライデン バー氏(79)が毎日新聞の取材に応じ、原子炉格納容器について「設計に特有の脆弱(ぜいじゃく)さがあった」と指摘した上で、開発後に社内で強度を巡る議論 があったことを明らかにしたと伝えている。GEでマーク1の安全性を再評価する責任者だったブライデンバー氏は、75年ごろ「炉内から冷却水が失われると圧力に耐えられる設計ではないことを知り、操業中の同型炉を停止させる是非の議論を始めた」。当時、福島第1原発を含め約10基が米国外で稼働中であった。上司は「(電力会社に)操業を続けさせなければGEの原子炉は売れなくなる」と主張し、議論を封印したと指摘している。やはり、経済的利権が絡んでいたようだ。当初から、破綻するとデリバティブ以上に怖い人類の末路が予想される、リスク商品のインフラを売り物としていたのだ。昨年十月に日本原子力安全委員会が纏めた報告を東電は入手しており、対策を渋っている。そんなことを言い始めると「商売にならぬ」が本音と言うことだろう。すると、今回の原発事故は想定範囲内の人為的災害だったと言わざるを得ない。もし脆さ・危うさを排除できない設計ミスが事実であったのだとすると、これは人間の尊厳性を無視(後回し)した由々しき倫理的問題を抱えており、今後日本を含め国際社会の原子力利用と危機管理を議論する際に、避けて通れない重大な討議課題となろう。 
→ http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110330dde003040003000c.html 
とりあえず大事なことは、月並みの言い方で恐縮だが、「災いを転じて福となす」(Aus der Not eine Tugend machen)に必要な、断固たる決意と実行力であろう。古来日本人は、「雨にも負けず風にも負けず」(宮沢賢治)、幾多の自然災害にあっても挫けず、辛抱強く危難を耐え抜いてきたではないか。後は、自然の変則性や人為的失敗から何を学ぶかである。100年・500年の計では足りない、1000年の計で対策を練り直す必要があろう。超自然の神でも想定しない限り、自然は誰かが憎くて地震を起こすわけではなく、人間界を滅ぼそうと企んでいるわけでもない。地下のマグマの熱伝導でプレートが軋み、大陸間の軋轢(力のアンバランス)を調整しているに過ぎない。対策を練るべきは、危うさに疎い我々人間自身についてである。結論から申し上げれば、危機意識は人間知の陥穽、己の「限界」(Grenze)を知ることにあり、それは取り扱う仕方・方法論の類でない、主観的措定を越えて働くモノ(エス)に対する人自身の有り方と深く関係する。専門人の方法論や技術的存在の仕様(Seins-weise)云々でなく、人としての有り様(Seins-art)のことだ。科学者も政治家も、職人や芸術家と変わらず考え方はリニアルでない、「真っ直ぐでない」(一筋縄に行かない)、「複雑なことを考えたがる」(『コヘレト』7章29節)点で同じであろう。
「複雑なことを考える」とは、ドイツ語では viele Künste machen (「多くの芸を編み出す」)ことだ。程度の差はあれ、面倒な複雑系(Komplexität)に係わる限り、技術(Technik)は技法(Kunst, Art)である。いずれであれ、理論や政策の及ばざるところ(つまり、言葉という上限)と、臨界実験の失敗から陥っているところ(つまり、無という下限)への、二重の倫理的責任性が問われることになる。周辺世界のノイズをカットし、人間(主観性)に都合のいいデータだけを寄せ集めただけ(の知識社会学を含む、諸科学)では、叡智を極めたとはとても言えない。客観性の帽子を被っていても、被る人の主観性次第でデータは書き換えられるから、富と支配への野望が尽きない限り、「想定外だった」という言い訳が聞かれなくなることは先ずない。原発から30キロ内外の生活世界住民たちに、そういった言い訳は全く通用しない。死への覚悟性を言うにしても然り、これだけは個人の自由であり、誰にも強制は出来ない。長く住み慣れた土地を愛する人に、屋内退避の勧告や避難指示は過酷であるが、やむを得ない場合もある。諒解世界でのノイズの震源地は、差し当たりまた大抵は、リニアル(線形)を望まない人間自身(のエス、不安の余りマスクするヒトのゾルゲと思惑)に他ならない。この点で(諄いようだが、繰り返して言う)、ハイデガー(とその弟子・大島淑子)に学ぶこと大である。
Fazit: Die Kunst macht aus der Not eine Tugend. 
現時点で、風評被害ほど怖いものはない。不確かな情報をネタにしてあたかも確定した事実であるかのように、購買欲をそそる特ダネに仕立て我先にと一早に報道し、徒に「不安」を煽り立てるばかりのジャーナリズムには困ったものだ。私が日頃から口を酸っぱくして言うところの「社会言論」(世論)の批判的吟味と「一般社会学言論」の構築は、緊急を要する課題である。せめても、関東大震災の二の舞だけは防がなければならない。今後については二つの選択肢が有るのみ。一つには、生活世界の飲み水まで危険に晒す原発を、広島と長崎での被爆の体験を持つ日本が、殊更に必要とする理由がどこにあるのか、はなはだ疑問である。このさいに、原発を廃止して水力発電・火力発電へ「一歩後退」(Schritt zurück)することが、国家と国民の選択すべき賢明な途ではないかと思われる。或いは二つ目に、それでも科学革命の進歩を信じて、一連の変則性から学んで、難問(アポリア)を克服する新たな仮説が生まれるまで、辛抱強く待ち続けるかである。トーマス・クーン(『科学革命の構造』、99頁)に拠れば、危機は通常科学のルールの適用範囲を確かめさせるが、危機なしではニュートリノ発見に要する莫大な努力は説明不可能であったし、パリティー非保存の法則が提唱され検証されることもあり得なかった。ただ、それが科学史的に如何に重要であるとしても、被災者とは縁遠い話であることも事実であろう。
何はともあれ、波に攫われた生活世界の住民たちの叫びが、聞き届けられなければならない。事は、不足する物資の補給で済むことだろうか。利便性を満喫したい現代人の尽きない欲望(エス)を満足させるために、電力の需要が際限なく増える事態に備え、一律の計画停電で不公平な犠牲を強いるも避け難いというのであれば、快適さや利便性を犠牲にしてでも、飲み水や生活の安全性を優先して確保すべきではないのか。「万物のアルケー(始原)は水である」(ターレス)。澄んだ水か汚染した水のいずれであれ、その扱いは人間の尊厳性に係わる、基本的人権の要件であろう。
ところで、被災者(他者)のために自分を犠牲にするとは、目的合理的に(利権に絡む実体あるモノを)「捨てる、空にする」ことだ。でも、誰が何の「諒解」もなく自分(主観性の富)を捨て空にするだろうか。いずれ、21世紀に必要なアスケティズム(健全な禁欲主義、相互主観的節制論)について論じてみたい。考えて欲しい。「水と安全」は、ただでは手に入らない。今学期の主題に挙げた「美学的感性」に基づく対話的諒解の技法(Gesprächs-Kunst der Einverständnis)が必要とされる事由を考えて欲しい。差し当たり此処では原発の是非について、読者の皆様の意見をお伺いしたい。 

付記: 海外在住の方々のために、取りあえず現状の報告を兼ねて、現在鋭意書き込み中です。原発に関する新たな情報が入り次第、このブログ記事を改訂します。
追記: 最終的に、震災の名称が「東日本大震災」とされました(4月1日)。海洋汚染の原因が見つかりました。取水口に亀裂が生じ、そこから汚染水が海岸沿いに流出していたとのこと。コンクリート材を注入する試みが失敗に終わり、特殊の強力な樹脂を注入して汚染を防ぐ試みもうまくいかなったようです(4月2日)。いずれの原子炉も廃炉となる公算が高く、安全に廃炉とするまでには十数年の歳月が必要だと予測されています。震災後の復旧支援活動は、政府と市民たち自身の手により、活発に且つ整然と為されており、一部住民による不穏な動きは全く見られません(4月3日)。

Shigfried Mayer, copyright all reserved 2011 by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku

2011年3月13日日曜日

「波」に攫(さら)われる、生活世界の原風景

Die von den tobenden Wellen fortzureißende Lebenswelt als Ur-Landschaft
【4月13日更新】
2011年3月11日(金曜日)14時46分(日本時間)、「東北地方太平洋沖大地震」(正式名:東日本大震災)が目の前で起きた。先ずは、天災に見舞われた方々、犠牲者と残されたご遺族の方々に心からお悔やみを申し上げ、亡くなられた方に哀悼の意を表したい。外より見ればわたし自身が広域被災者の一人だとしても、書棚が転倒して専門書が「瓦礫の山」になった程度のこと、未曾有の激しい震動に書棚が耐えきれず、シェリングが先に落ちて下敷きとなり、その上にコントとフォイエルバッハが次々と床に叩き落とされて、足の踏む場もないほど山積した状態となった他は、危険が身に及ぶほどのことではなかった。いつも読めるように手前に積んでいたから先に落ちたまでで、意味ありげな解釈の紛れ込む余地などない。それにしてもひどい、まるで大地が酩酊しているかのように(als hätte der Boden einen Kater)、家屋・電柱・木々が上下左右にゆらゆらと足下で大きく揺らぎ、天地が軋み地平線が撓むようなあの奇妙な感触は忘れがたい。振度5でこうだ。では振度7でどうなるのか、想像を絶する悲惨な光景がリアルタイムで放映されている。
普段はのどかな漁村の風景、山間に開けた僅かな平地に突然激しい揺れが襲いかかり、家財道具が吹っ飛び、ぎしぎしばりばりと木造家屋が壊れていく。狼狽え絶句している暇など無い。津波警報が出て5分も経たない内に(あくまで体感、目撃情報では20分後)、すでに背後から囂々とうなりを立てて津波が押し寄せ、易々と堤防を越え瞬く間に町全体に襲いかかる。後ろを振り返らず手に何も持たず、着の身着の侭で高台へと逃れた人だけが間一髪で救われた。生死の分け目に紙一重の偶然、逃れるに5分の余裕もなかった。高台から見られた壮絶な風景、津波が押し寄せ、あっという間に町中の建造物を飲み込み、家も車も舟もすべてを押し潰し流していく。「家が…家が…」と絶句する高齢者、「お母さんがいない…」と泣き叫ぶ女の子、「妻が…子供がいない」と嗚咽する男性、「親がいない…連絡が取れない」と取り乱す女性、「一度に、仕事も職場も肉親も失った…、これからどうしたらいいのか」と肩を落とし呟く青年。いずれも、高台にいるからこそ言えたこと、残り大半の方々は必死に叫ぶ言葉を誰にも聴かれることなく、大「波」に攫(さら)われ濁流に呑まれて、未だに行方が分からなくなっていると。…
恐るべきはマグニチュード9.0の大地震より、人間の予測を遙かに越えて、壊滅的な働きをした巨大津波の方だろう。「なみ」(波)が巨大なうねり(die tobende Welle)となって押し寄せ、「工作的人間」(homo faber)の誇る社会建造物と人為的自然環境を容赦なくなぎ倒し、身も体も家も車もすべて攫っていった。同僚の山根一眞教授の被災地レポートによると、「海が見える場所、海岸に近い低地はことごとく破壊され尽くされていた。「津波に流された」という表現は正しくなかった。「津波にぶっ壊された」と言 うのがふさわしい。自動車は高速道路での正面衝突のように破壊されているものが多かった。爆撃を受けたような家屋は残骸が残っているのはまだましで、まっ さらな土台だけしかない建物が少なくなかった。被害のありようは、地域によって異なることも分かった。仙台の南、阿武隈川より南の破壊され尽くされた海岸沿いの地域は海砂が覆われてい たが、石巻市では湾の底に溜まっていたものなのか、ヘドロまみれの場所が多かった。地震発生から3週間、そのヘドロが乾き、悪臭を放つ粉塵として舞い始め ており」、呼吸器官への影響が心配される。「リアス式海岸が続く石巻市北上町から南三陸町へと続く細い道路、国道398号線は何カ所かが寸断され…、土盛りの上に鉄板を敷くなどの 応急工事で通行可能になっていたが、道路沿いの入江にある漁港、その奥に続く低地の集落は、巨大なハンマーを思いきり振り下ろして叩き潰したような光景が 続く。建物の上にちょこんと乗っているクルマ、民家に突き刺さっているトラック、海岸から離れた山の裾野に鎮座する漁船。仙台空港周辺では軽飛 行機が流されて1カ所に固まっているシーンも報じられていた。自動車が空を飛び、船は陸を進み、飛行機は水に浮かんで進む……、悪い冗談としか思えない光 景が、これでもかこれでもかと続き途絶えることがない。そして、数多くの方々の命が奪われた」。→ http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20110408/219368/ 
まるで、思う我の主観と客観(思惟と延長)・《私と外の世界》(Ich und Außenwelt)の合理主義的区別は自分勝手で恣意的だと言わんばかりに、また「神的自然」 (Gottesnatur)など所詮人間中心的考えの隠れ蓑に過ぎないとあざ笑うかのように、一瞬にして人間の集落を飲み込み一掃する自然の「猛威」(die tobende Welle)を、今私たちは目の当たりにした。科学を嗜む近代人の末裔である我々は、自然破局(Katastrophe)が神々の怒りでなく悪魔の仕業によるものでもない、深層にあるプレート(海面下の大陸の岩盤)のずれにより歪みが生じ地震波を生んで、巨大な「なみ」のうねりを起こしていること、現象が深層の変化に連動した結果を露わにしたに過ぎないことを知っている。としても、「なみ」のある喉かな生活世界が泥と油と廃材に塗れ、あたり一面どす黒い廃墟(Ruine)と化すまで僅か数十分の出来事、原風景の余りの変わりようを否が応でも見せつけられて、誰もが語る言葉を失い自失呆然としているのではないだろうか。
もはや、技術によって得た自然界の征服者たる立場を自負する、近代人(個と集団)の意識レベルの問題ではない。日本一の防災の技術を誇る町の堤防も、高度の情報や通信技術を駆使した最新の道具さえ全く何の役にも立たない現実を目の当たりにして、防災を軸とした都市計画の徹底的な見直しと文明論の仕切り直しを余儀なくされよう。主観とペルソーナ文化を誇る我々が自然を見くびり過ぎていたのか、それとも我々人間の科学技術の進歩が追いつかぬほど、自然界の奥行きが深いのか。世界の東西を問わず、我々がまだ、「叡智界」の住民でないことだけは確かである。
三陸海岸の住民たちは、過去の地震と津波の体験から高台移住の必要性を十分知っていたし、親の代から知らされていたはずだ。最新鋭の防波堤と度々の防災訓練にもかかわらず被災したのは、危険を承知の上で海岸沿いで家業を営み商いする方が便利であり、実際に楽だったからではないか。15メートル級の高波にも耐えうる鉄壁の防波堤を造ることが困難ならば、海岸3キロ以内の平地には宅地を造らせない、住宅地は高台のみとし、平地には耐震構造の高層建造物以外は原則禁止するほどの大なたを振るわないと、今回のような惨事が繰り返されることになろう。民主党が唱える「政治主導」(politische Führerschaft)は、ここでこそ必要とされよう。少なくとも、政治的手腕(Staats-klugheit)に技ありの力量(Begabung mit der Staats-kunst)が試されるのは、生活現場の現に其処である。
自然は法則的だとしても、その働きは一見して「無差別」である(例えば、地震や津波は襲う場所や人を選ばない)。問題は対応する人間の側にあり、「自分」のことを考え複雑に行動するから(一筋縄には行かないという意味で)厄介である。最小限必要となるのは、防災の圏域を越える商いや生活上の利便性に走らない・走らせない、全住民と役人たち自身の意識改革であり、次に自然の脅威と向き合う新たな町造りに必要な、「諒解ゲマインシャフト関係」の理解を徹底し、内外の危機管理を日常的に共有する関係を実現することだろう。そのためには、「自然と社会」のコンフリクトの原点に立ち戻って考える(「理解社会学」する)必要があろう。
「なみ」の問題解決は並大抵ではない、波紋するモノとヒトの知恵比べと言えよう。それはカントが指摘する、「叡智界」(または可想界、intelligible Welt)で働くモノ(物自体)の人格性の謎に迫る、難問中の難問(アポリア)である。ジンメルのように、両者の間をシンメトリーに捉えて済むわけではないと思われるが、シェーラーの天才的知性(共感論)でもってしても解決せず、最後は有機体的な「世界観の哲学」に挑み挫折を強いられた、非人格性(非人格化)を巡る実践理性の解釈課題である。無差別に働くモノの脅威に向き合うヒトの言語感性と技法(Kunst)の如何にが問われ、同時に我々の覚知或いは統覚(Apperzeption)の哲学的要件が、「現象学的社会学」(シュッツ)或いは「理解社会学の共感論的批判」(ギデンス)の目線で吟味されつつ、最後は「言葉と無」という上限下限の極み(大島淑子)から厳しく読み直されることになろう。

追記: 大地震による東京電力福島原子力発電所の一部損壊の事件は、単にエネルギー供給といった社会政策上の問題でなく、国民の命にかかわる重大な国家的危機管理の要件であるので、これについては三陸海岸の都市設計の問題と同様に、詳細は別途に論じることにしたい。なお、被災体験のみならず、各自の思い・ご提案をお聞かせください。随時、当ブログのコンテンツに反映して参ります。 

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