2011年10月3日月曜日

ローカル文化のグローバル指数、一周年の工房

Wie aus drei lolalen ein globales Kulturgut als Kapital zu schlagen ist  
【10月15日(土)更新】
「ローカル文化のグローバル指数」と銘打ったが、ローカル文化がグローバルな発展を遂げる際の指数或いは指標が何か、それついて長々と論うつもりはない。ブログ開設一周年を記念して、口火を切るための前置きである。
日本には古来、三つのローカル(出雲・伊勢・東国、奈良・京都・大阪など)から、固有な文化が圏域を越えて栄えた経緯がある。地勢的三角形の意味付けは信憑性に於いて疑わしいが、それ自体支配社会学的勢力論と無関係ではない。ローマ・コンスタンティノーポリス・エルサレムの三つを主教座とする勢力事情に係わることでもあるが、ひとまず三一的ドグマの法教義学的言論とは区別しておきたい。三世紀の華厳経のように、数字の三に纏わる教えを伝える文書はアジアに少なくない。すでに西方では、2世紀の法学者テルトリアーヌスに始まり、その後4世紀のアリウス論争を経て、アウグスティーヌスで完成を見た三一論の潮流が一方にあり、中央アジア西域はその流れを受け、サンスクリット語の文化圏に強い影響を受けた、それなりにグロ-バルな多言語の文化圏、ヘレニズム社会独自の共鳴体域を構築している。アポロン風の仏像や三体の如来像など、事例を挙げればきりがない。ともかく、我々の関心は如何なる教義学にも非ず、三つのローカルからグローバルな文化圏を形成する社会勢力論にある。
10世紀の日本に始まる国風文化は密教的色彩が濃いが、それはインドや中国からの強い禅文化の影響であったこと、三つ巴の影響関係は周知の事実である。他方で、インドや中国大陸での仏教の密教化の背景に、ゾロアスター教(祆教)・マニ教(摩尼教)・キリスト教(インドではトマス派、中国では景教、ネストリウス派)の影響、ポジティブな受容や習合があった事実も否定できない。この三つは異民族系の外来宗教の意味で、通常軽蔑的に「三夷教」と呼ばれている。後にイスラム教(回教)を含めて「四夷教」というが、ここでは合理数の三に注目したい。密教への影響関係には温度差がある。空海に於いては、祆教や景教と密かな接触があったものと推測される。
史的ダルマのケースでは、少し様子を異にする。同じ合理数でも、三でなく二と四が問題となるところが彼らしい。二と四は、ナーガールジュナ(流樹)の中道にある二諦と四諦を指すものか、さもなければオリゲネス的発想である可能性も排除できない。道に入る際の2は東西の地理的(風土的)隔たりを前提とし、4は3プラス1の可能性がある。討議のヒントはこれで十分であろう。ダルマ自身にユダヤ人クリスチャンの素性があった可能性については、京都大学で開催された一昨年の宗教学会での発表の際に示唆しておいた。高野山で修行する諸君にとって、そういったことは言語道断だろうか。そうでなければ、少なくとも想定外の驚きであろう。高野山に眠る故エリサベス・ゴルドン婦人なら、「やはり」と満面笑みを湛えて大歓迎されるに違いない。空海のケースと異なり、ダルマの教え(『二入四行論』)は密教とは無関係であるが、二つある生没年のデータとマニ教や浄土系僧たちとの抜き差しならないコンフリクトに巻き込まれ、最後は毒殺未遂事件にまで発展した内外の事情から、そのマスクが割れる。遠からず、永寧寺焼失事件も、それと無関係ではなかったに違いない。
ところで、単純に西洋近代と比較することは出来ないが、文化指数としての三には、東西を問わず興味深い関連が見られる。フランス・イギリス・ドイツを軸とした三つの文化(自然科学・精神科学・社会学思想)は、理性の働きを重視する啓蒙主義文化のメルクマールである。これに対して東洋には古より存在の技法があり、西洋とは「異なる仕方で考える」ことを実践した人々が確かにいる。現に、残された作品群には科学的志向は見当たらないが、インド・中国・日本という三つのローカルな「風土」(和辻哲郎)に培われた、悟性文化圏独自の閃きが観察される。今日のニーズからして、新古典的なグローバル文化資本構築の是非が注目されてよい。しかし、如何にしてそれは可能か。悟性も理性も基本的に理解のカテゴリーに属すること、持論の「理解社会学のコンプリメンタリズム」(東西文化の相補論)が、必要且つ十分な手掛かり・足掛かりを読者に提供し得たかどうか。それは畢竟、働くモノとヒトで織り為される「芸術作品の根源」(Ursprung des Kunstwerkes)に拘わること、指南の不足分について以下で私なりの反省をしておきたい。
 仮初めの家であっても、建物は砂の上にではなく岩の上に建てないと、暴風雨に晒されると流され、すぐに倒壊してしまう(マタイによる福音書7章24~27節参照)。昨年10月6日に「理解社会学の工房」を開設して以来早一年になるが、日本の政治社会言論はあたかも砂地か沼地のようで、何処にも掴み所が無く、杭や楔を打とうにもなかなか岩盤にまで届かないか、曖昧さ故にどうにも落ち所が見つからない。その意味では、「理解社会学研究所」は未だ粗末な茶室、客はまだかと待ちぼうけする、孤独な茶人の仮住まいに過ぎない。
 元はと言えばハイデガーの研究から始めたことだが、やがて史的ダルマの研究に没頭する中で、同時代の平行事例(ネストリオスなど)を東西の分水嶺にまで尋ね、南北のルートに踏み込んで史料を集め、関連を詳しく調査して初めて分かったこと、ヴェーバーに学び「理解社会学」の方法論的探求から学び得たものを含め、この十年間は実り多き歴史発見の連続だった。ブログを開設して半年後の311日に起きた東日本大震災によって一時中断を余儀なくされていたが、自然と社会について東西で異なる考えを突き合わせ、理解を深め改めるよい機会となった。研究成果の一部を昨年の学会で発表した際の過剰なまでの感情的反発を見る限り、まだその時でないのかも知れない。随時公開しながら、いずれ評価を世に問う時期が来よう。
社会学言論の討議スタイルでブログに今公開しているものは、執筆中の「一般社会学言論講義」に書ききれない事例分析を初め、大半が欄外注の部類に相当する。自然や本性の言語理解については、無神論者の烙印を押されながら神に酔える人、スピノザの自然概念(Deus sive natura)を第三の解釈項として参照することになる。果たして予告通り、インド・中国・日本の三つのローカルからグローバルな文化資本を発信することが出来るかどうか、「神と貨幣」を巡る社会言論の真性(即審美性でない!)論議の行く末について疑心暗鬼する人の方が多いだろう。波紋の大きさに驚くのはまだ早い。まだこれは予震に過ぎない。本震はこれからである。講義草稿全体の完成まで、あとしばらくお待ちいただきたい。


脚注: 文中でいう「文化資本」は、ピエール・プルデューの概念とは少し異なる。文化資本とは、わたしの場合、交換価値を有する諒解妥当な言語資産、働くモノ(働くことの宗教的動機・主観的意味)が利害に絡むゲゼルシャフト結成に係わる限りでの文化形成的資本(カプト、働き手である人材を含む、無形文化財の権利保持者)

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