2018年2月12日月曜日

就活・終活のコンサルティング、ホールディング・サービス

 花紐舎(Catch Usher Co.)では、これまでスタートアップ・プログラム(仕事の始め方)をメインに、プラニング及びサポートを実施してきました。これより同時にエンディングノート(人生の終え方)を公開しアドバイスを開始いたします。また、ブログやホームページの終活(しゅうかつ)をコンサルティングします。あなたが亡くなった後もご家族に代わり、一定期間ブログやホームページを引き続き管理運用、ホールディング・サービスを実行します。或いはご希望により完全デリートもいたします。ネット上のダルマ霊園は、今現在準備中の永大供養の電子版です。ご予約ご要望の際は、お気軽にご相談ください。

2018年1月28日日曜日

氷結路、滑り方に転げ方、上手に丈夫でみな安心

 今年は戌年(いぬどし)。「アイスバーン、犬も仏も、すべってござる。」(拙句)。滑り方・転げ方を学習すれば、怪我をしないで済む。厳寒の折り、氷結路に柔(やわ)らの術、滑り方に転げ方、上手に丈夫でみな安心。


2018年1月8日月曜日

成人の日に:人生五十年から人生百年の設計へ

 晴れて成人おめでとう。古来周知の警句を一つ:「鉄は熱いうちに打て」と云います。冷めて固まったら、自分の直しようが無い。他にも、「人間の一生は所詮五十年に過ぎぬ。天上世界の時間の流れに比ぶれば、はかない夢や幻のようなもの、命あるものはすべて滅びてしまうものだ。」これは、幸若舞(こうわかまい)という室町時代に流行った曲舞『敦盛』にある。若き平氏の公達・平敦盛(たいらのあつもり)をやむを得なく討ち取り、世の無常を感じて出家した熊谷直実(くまがやなおざね)の嘆きの言葉。織田信長も引用して一句を詠っている。今では人生百年の時代を迎え、君たちも一から考え直さないといけない。人生七十にして再就職も当たり前の高齢化世代である。
若き日に何をデザインするかで、一生のプラニングが成果を得るかどうか、大半が決まる。聖書には「若き日に、汝の造り主を覚えよ」とある。造り主は他でもない、臨済が云う溌溂(はつらつ)と働くモノにして、それを鼻で呼吸している君たち自身なのだ。
1月9日(火曜日)更新

2018年1月1日月曜日

年頭所感:改めて根源から描き直す〈かんな年〉宣言

 新年のご挨拶を申し上げます。二〇一〇年にブログを開設してはや七年が過ぎ、八年目に当たる今日、二〇一八年は私の人生の折り返し点、改めて根源から描き直す〈かんな年〉を宣言したい。
 合理性・非合理性の柵(しがらみ)、恣意性の結(むす)ぼれを脱構築する次世代の一般社会学言論構築へ向けて、次の一歩を踏み出すことになります。一連の史的ダルマ研究は、理解社会学のモデル研究の一環ですが、『ダルマコード‐禅に学ぶ〈自己の記号学〉』出版を梃にして次のステップに移ります。今年も理解社会学の工房にてブログをご愛読くださいますよう、どうぞ宜しくお願い致します。忌憚のないご批評を賜ることが出来れば光栄です。
 カンナよりいろはにほへの桜散る一隻履にてやれ振出しよ
(重顕、拙句)
Shigfried Mayer(宮村重徳)、1月6日(土曜日)更新                                              

2017年12月31日日曜日

定量的と定性的、社会学の基礎用語(その二)

 一年を振り返ってみると、記念写真がたくさんあることに気づきます。写真に写っている自分はドットの集合、定量的に写し出しています。正確だけど、心までは読めない・覗けない。心が有るのかどうかについて議論がありますが、レントゲン写真をとっても見えてこない。何らや影らしきものがあれば、医者に診てもらう必要がありますね。でも、影は心自体ではない。定性的とは、その人で有る性格を質的に呈する仕方。心は質的属性の働く結果を反映し、共鳴して止まぬものだから、どうにも捉え処がない。過ぎたる一年を振り返り自己の不始末を反省する為に、定量的・定性的の両面で自分を見直す・読み直す必要があります。読み直すとは、心の中に絵を描くようにですね。鈴木大拙は、それを動態禅と云う。