2015年4月18日土曜日

自我と非我、「予言者的壁観のルーツ」に見える峠道

問い合わせにお応えいたします。2014年の秋に同志社大学にて個人発表した「予言者的壁観のルーツとダルマ伝承」は、宗教学会の都合により学会誌がオンライン版のみになったために、紙面での参照が難しくなっています。著者名と論文名が検索項目として登録されていないせいでしょう。面倒でも以下のアドレスを辿り(雑誌名をクリック)、日本宗教学会のHPより「別冊」をダウンロードして、レジュメを直接ご参照ください。第二部会の211~212頁です。第三部会から二つ前に戻るのが早道。

『宗教研究』第88巻別冊 第73回学術大会紀要号 211-212頁。
第88巻別冊

 

なお、「本稿」の方は長文です。予言者的壁観のルーツに広がる、自我と非我(無我)の峠道を散策します。近日中にいずれかの大学の紀要に掲載する予定です。しばらくお待ちください。当ブログでダウンロードできるよう配慮してほしいとの問い合わせには、今のところ応じられません。また、プラハでのドイツ語講演につきましては、公開は次年度になります。獨協大学『ドイツ語学研究』誌に掲載予定。5月3日更新

Shigfried Mayer(宮村重徳)

2015年4月11日土曜日

仮想的生の実践、まるで初めてすることであるかのように

「ゆとり世代」は実は「焦り世代」?の、デジタルネイティブな君たちだからこそ、あえて言いたい。一切の縛りから解放されて、「まるで初めてすることであるかのように」、何もビビらず焦ることなく、仮想的に生の根源を問い且つ実践しなさい。壁となって立ちはだかるモノと向き合うに、死への勇気と気取る必要はない。与えられた自分の悟性を使って理解し判断すれば、過剰で無縁な情報に惑わされず、一切の苦役なしに無やゼロ(生誕)の根源から安心して生きる勇気が持てるようになるよ。ジェンダーのバリヤはない。法師ダルマに続き、哲人カントとアーレント学習をお勧めする。ヴェーバーとハイデガーの勉強はその後でいい。考えることが苦手な人は、森鴎外の「かのように」を参照せよ。
Shigfried Mayer(宮村重徳), coyrights © all reserved 2015, the Institute for the Interpretive Sociology Tokyo