2013年12月5日木曜日

「瓢箪から駒」の茶番劇、今は夜の何時か、見張りの人に尋ねてよ

  誰が予想しえたか、力任せに「瓢箪(ひょうたん)から駒」(Aus Scherz wird Ernst)を演出する首相がいようとは。デモクラシーを骨抜きにしかねない、安部晋三首相の「まさか」の乱暴に、感心している暇はない。福島瑞穂議員の厳しい追及にも、平然と嘘を通し頬かむりして憚らないその不敵さに、只々国民は唖然としている。その強引な国会運営は、新たなミリタリズム時代の幕開けを不気味に暗示していよう。一時の巧みな経済政策の成功によって、選挙民の人気を一気に掌握した、神をも黙らせたあの暗いNS時代を再現するかのようにだ! 虚空からの出立までまだ幾千里、虚無への陥落まであと一歩である。「見張りの人よ、今は夜の何時(なんどき)か。見張りの人よ、今は夜の何時なのか」(イザヤ書21章11節)。時のしるしをしっかりと読んで、自ら考え行動する人はいないのか?若者たち、他でもない、問われているのは君たちのことだ(Tur res agitur!)。
追記:「瓢箪から駒」という故事ことわざは、半分冗談のつもりで言っていたことが実現すること。そこまで予想しなかった「まさか」の期待が実現され、内に秘めた国民の期待・心に刺さる憂慮・言い難い深い思いに応えられる、意外性のある政治を望みたい。ところが、今の政局はその反対に、強権的な政治劇を演じている。国民が望みもしないのに、各方面から指摘されている問題性を不問にしたまま、怪しげな安全保障の旗印の下、チェックの効かない軍事体制が今実現しようとしている。「瓢箪から駒」を本義に戻し、本末転倒の茶番劇に杭を打ち込み、醜聞の国政に楔を打つ警句か、世界平和(シャローム)を本望とする人にもたらされる、意外性に満ちた贈与への驚き(Staunen)として覚えておきたい。(12月11日更新)
Shigfried Mayer(宮村重徳), copyrights © all reserved 2013, the Institute for Rikaishakaigaku Tokyo