2013年6月3日月曜日

転ばぬ先の杖、「歴史」理解の貧困と偏見について

【8月30日(金)更新】
 従軍慰安婦に関する橋下大阪市長の「必要だった」発言は、国内外に大きな波紋を投げかけました。真意がセクハラでないとしても、言葉だけが独り歩きしている感じですね。紛糾の原因は氏の扇動的言論(Demagogie)、主語が曖昧な侭では差し違える、諒解なき言語文化の悲劇です。歴史理解の貧困と偏見についていざ語ろうとすれば、「歴史」とは何かという問いを避けては通れません。欧米でも、歴史理解はのど元に突き付けられた刃です。韓国でも然り、「原爆投下は神の懲罰」では、歴史再考の問いが自分の仇となります。
 法則科学的に再現可能な自然史とは異なり、歴史はどこまでも人文科学的な部門としての人間史(クレイク)です。人間の歴史と言っても、二つあります。人間の営為が史実として書き記され纏められたもの(Historie)と、個人や民族のそれを含む、繰り返しのきかない(後戻しが許されない)、物語り可能な歴史(Geschichte)、つまり一度限りの実存史です。ハイデガーは、この区別をマールブルク時代の友人・神学者のブルトマンに学んでいます。
 他方で、経済史がどちらに属するかは微妙です。それでも、背後で誰かが歴史を操って(戦争を仕掛け世界制覇の)陰謀を企んでいるといった類の論調は、社会事実の裏付けがあるのでなく全くの憶測に基づくもので、民族差別を目論んだ社会偏見以外の何物でもありません。たとえば、フリーメイソン(Freimaurerei)の関連でよく聞かれる「ユダヤ人陰謀説」(Juden-Intrige Theorie)。まことしやかに語られていても、社会科学的に言っても論拠不十分な排外的イデオロギー(アーリア系に根深い観念形態論)の産物です。ユダヤ人や共産主義者の排除を大義名分として、ナチス(NSDAP)が党を挙げて積極的に演出した巧妙なプロパガンダ(Propaganda)です。実は「救い主殺しの犯人捜し」という社会風潮が長いカトリック教会史にはあって、ナチス協力に走るドイツキリスト者(Deutsche Christen)の引き金となった経緯はありますが、彷徨うユダヤ人たちが金融業に携わってバチカンと協力し、陰で戦争を仕掛けているのだというのは根も葉もない噂話(Gerede)で、ユダヤ人憎し(Judenhaß, Ressentiment)から民族浄化に乗り出すための口実に過ぎません。
 宗教史的・教会史的には、「イエスはユダヤ人であった」(カール・バルト)ですでに論駁済み。経済史については、パレートを読み直すことから議論の座標を再設定する必要があるでしょう。
 さて、リーマンショックを引き起こした数年前の世界金融危機の際に、私自身も法政大学紀要の『多摩論集』で、ユダヤ系ヘッジフォンドの責任を厳しく追及した記憶がありますが、ユダヤ的知性の特徴として「神もしくは貨幣」を論じるにしても、そのような極論の怪しげな陰謀説に組することは断じてしません。思い出してください。あのヴェーバーでさえ、彼の家にはジンメルを初め、多くのユダヤ人たちが出入りしていたことからもわかるように、テニエスに代表される民族主義的な誤解を引き起こしかねない「共同体」(Gemeinschaft) 概念の使用および解釈を断固拒否しています。ヴェーバーの理解した概念を私たちが敢えてカタカナで「ゲマインシャフト」と表記する理由も、そこにあります。
 日本では歴史学科は文学部所属ですが、欧米では哲学部や社会学部の所属です。つまり、思索の実践的課題・行為の分析総合判断の問題としてあるので、空気を読み合うだけの日本(文学)的心情理解では、的を外してしまいます。特に宗教関係者は、歴史の事実認識に疎いので、要注意です。たとえば、禅で悟りを得ることと、そのような戦争イデオロギーに囚われることとは、まったく無縁です。せっかく一切の迷いや縛りから自由となったのに、正反対の縛りや囚われに陥るようでは、元の木阿弥か本末転倒でしょう。歴史理解の貧困ゆえに陥りやすい偏見(Vorurteile)や極論(Übertriebene Argumentationen)には、くれぐれもご注意ください。

注: 噂の発信源は、当時ナチスのイデオローグであったリューディガーのプロパガンダ文書(Karlheinz Rüdiger, Der Krieg der Freimaurer gegen Detschland)で、反ユダヤ主義(アンティセミティズム)のリソースは、1934年にロシアの秘密警察の手で書かれた『シオン議定書』(Protokolle der Weisen von Sion)。このパンフレットが偽造文書であることはすでに各方面で論証されており、読むに値しない。ナチス協力の嫌疑をかけられたハイデガー自身の問題については、長くなるので学会で論じることにする。

Shigfried Mayer(宮村重徳), copyrights ⓒ all reserved 2013, by the Institute for Rikaishakaigaku