2013年6月19日水曜日

「陰陽師」の夢枕獏と「幻術師」の司馬遼太郎、披見するも似て非なる ...

【7月1日(月)更新】
 原作者(本名、米山峰夫)は、「エロスとバイオレンスとオカルトの作家」として夢枕獏(ゆめまくらばく)を名乗っており、批評家やファンの間でも、「密教的要素を散りばめたエログロの伝奇バイオレンスや、ひたすら男たちが肉弾戦を演じる本格的な格闘小説を得意とする」点で、評価ポイントが共有されている。1988年(昭和63年)に文芸春秋社から『陰陽師』(おんみょうじ)を出版。これは、平安時代の陰陽師・阿部晴明の生涯を描いた伝奇小説で、2001年(平成12年)に滝田洋二郎監督の下で東宝でテレビ映画化され、晴明ブームを起こしている。これがヒットした理由の一つに、晴明役の狂言師・野村萬斎の働きが注目される。萬斎は、能楽狂言方和泉流野村万蔵家の名跡である。海外にも紹介され、"the Onmyo-ji" (also known as: The Yin Yang Master)で知られる。 
 NHK版テレビドラマ『陰陽師』では、公共放送にふさわしく、脚本と演出はナレーションと共に大幅に修正され、赤裸々なエログロは影をひそめ、かなりスマートな仕上がりになっている。歴史ドラマにはほど遠く、史料的価値・裏付けはない。原作であれNHK版であれ、女の情念を話題とした創作、扱いは歴史物としても奇想天外な筋書きで分かるように、所詮は情・怨念(Ressentiment)に訴えるだけの興味本位のフィクションである。
 本格的な歴史小説家の司馬遼太郎とそれを読み比べると、似て非なるその違いがすぐに分かる。1956年(昭和31年)に出た幻のデビュー作『ペルシャの幻術師』にして然り、『空海の風景』や『坂の上の雲』にしても然り。歴史を風土に尋ね紀行する司馬の世界には、失われた歴史を物語ることで繋いでいく、歴史ドラマの真骨頂を随所に伺わせる。同じフィクションでも、天地の相違がある。
 今日の課題: 「陰陽師」に「幻術師」、どこに違いがるのだろうか。いずれもマジシャンの類である。注意点を三つ挙げる。①原作者が描く星占いと密教の世界、異なる考え方をする風土や慣習・歴史理解に注目すること!②見て楽しい・読んで面白いからといって、歴史の実像や真実に迫りえたと勘違いしないこと。③最も注意すべき点は、背後で歴史を操る者(例えばユダヤ人)がいるといった「妄想」(Wahn)を抱かないこと。なぜなら、ヴェーバーの概念を使って言えば、歴史はさまざまな人の動機が絡んで展開する社会行為の「布置連関」(Konstellation)なので、特に経済(的利害=利権)と絡んで展開する時は非常に複雑な経路をたどる。したがって、一義的には予測できない。以上、反論があったらお伺いしたい。

Shigfried Mayer(宮村重徳), copyrights ⓒ all reserved 2013, by the Institute for Rikaishakaigaku