2021年7月16日金曜日

若者たち、無症状で感染源とならぬようワクチン接種を勧めたい

  ワクチンの副反応にまつわるフェイクニュースに耳を貸さないこと、不安もあるだろうが、他者を思う気持ちを共有すること、他人を思いやる心・利他の精神をもって、自分のレベルを高めようではないか。20代から50代までの若者たち、次世代を貧しさのどん底に貶めず、疫病のゆえに文明を没落させないために、君たちが奮起してワクチン接種する他に選択肢はない。あえて批判的共感を期待して、自然の大洪水や大震災におどおどしない、一部で人為性が疑われるコロナ・ウイルス禍にも挫けない、物流優先のダークマターに心許さず、反骨の精神を生きて希望の松明を燈すことを忘れない、持続可能な社会の条件だね。心して、翌檜(あすなろ)の一本松になってほしい。

Shigfried Mayer(宮村重徳)

 

2021年7月13日火曜日

阿部一族の言論について

 社会評論も利に踊りまた踊らされて空回り、離合集散するだけの皮相な政治劇も大山鳴動してネズミ一匹の「一億総活躍」論。火の粉を払うために咄嗟に思いついた発言だから、難民問題を回避する理由にはならない。肝心のロゴス(語るモノ)が曖昧で不透明な阿部一族の言論、菅一族に代わっても変わらず、国民の声に耳を傾けているとは言い難い。国民不在の党派戦略と派閥抗争の病巣にメスを入れないとね。単独では無理、グループ単位での作業療法が効果的。質問があったらどうぞ。
Shigfried Mayer(宮村重徳)

2021年7月12日月曜日

ダスト(塵埃)からなる人の存在についてマジに考える

  ハンナ・アーレントには、いつもわくわくどきどきさせられる。例えば、定位置化された中世以来の順位、瞑想的生(Vita Contemplativa)と活動的生(Vita Activa)をひっくり返してみせる。スイッチの切り替えに半端ないから、はっとさせられ、なるほどと思う。本ブログではとりあえず、二択のシェマティズムで課題を整理するのも悪くない。

インマヌエル・カントで言えば、頭上に瞬く星辰と内なる道徳の二つ、高度に進歩した情報技術社会の今日では、ガス状の星屑と塵(スペースダスト)からなる星間物質は、ブラックホールに吸い込まれて、新星誕生の栄養源になるらしい。

昼夜を問わず燦燦と頭上に降り注ぐ、毎日5200トンものコスミックダストが、ひとたび地球の大気圏に入ると、大気中の汚染物質に毒されて、生命環境を育むか蝕むものに大変身、ハウスダスト(屋内の塵や埃)に紛れ込む。大きい順で三つに分類される。微生物類のモルト(黴、真菌)やバクテリア(細菌)、非生物のウイルス(病毒、病原体)の媒体となる。前者はティック(壁蝨、ダニ)を媒体とするが、ハウスダストを掃除し寝具類を除菌すれば済む。しかし、後者は厄介者、新型コロナ・ウイルスのように、感染経路不明なエアロゾル(空気感染)を介して、より質(たち)の悪い働きをする。

不気味なその悪さを遮断するに、どのような思考のワクチンが必要で有効かを考える。ダスト(塵埃)からなる人間の条件、呼吸や新陳代謝の営みに避けがたいが、光と影・陰と陽のペアとなって働くモノの営みには、元となるDNA構造と解釈可能なRNA機能の二面、螺旋状に伸びる二本鎖の長い紐あり、紐づけされた酵素の組み合わせは、条件や環境次第で変異する。神秀のように、鏡に付着するダスト(塵埃)を日々努めて払拭しないと、瞑想的生も中途半端に終わる。

活動的生は、イデオロギー(観念形態論)の呪縛を打破するが、マルクス・エンゲルスの物質決定論で片付かない側面も忘れない。メッセンジャーRNAのワクチン接種にも選択可能な権利があるように、(因みに、私はファイザー製でなくモデルナ製を選んだ)、言論と信教の自由を公共的正義の要件とする。

活動的生は、トータリズム(全体主義)のリスクに晒されている。慈善事業は共産党主導のお墨付きを要さず、権威主義にも頼らない、ヘゲモニズム(覇権主義)をひた隠しにしたプロパガンダに流されない、日本共産党の志位委員長の中国批判の矢は、その点で的を得ている。自由意志に基づいて移動する存在にシャドー(影)のように付きまとう、ペアとなるものを排除せず、現象学的解釈学乃至理解社会学の対象とすることができる。

それにしても、ミクロであれマクロであれ、世界の根本事象はなぜいつもペアなのか。グリーンの「振動する紐」にして然り、紐解きは解釈学(ヘルメノイティクス)の最も得意とする課題、一方に物質のヒュレー(質量)とエイドス(形相)、これを内から動かすプシュケー(心・霊魂)とプニューマ(精神)が他方にあり、マルクスの「資本論」に加え、ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理」再考を促し、不在化した「資本主義の精神」にまで討議を遡らせる。クラウドの公開討議場に、ぜひ大塚久雄の再登場を願いたい。

マージナルマン(境界人、アルフレッド・シュッツの用語)への覚悟性は、ウォール・ゲイジング(壁観)する禅師のそれと共通する、物事に静と動あり、動態禅(鈴木大拙)の実践課題は未明のダークマターやブラックホールの謎解きにもかかわること、宇宙の壁に瞑想入りするダルマへの学び、「さまよえるユダヤ人」に話題は尽きない。

バルドヘッド(禿げ頭)はソクラテスとダルマに共通する。前者は当局の用意した毒を飲んで死を選んだが、後者は解毒剤を多用したせいで、歯が欠けて見る影もない。養毛剤も高度な歯科技術もなかった時代のこと、英語のバルドはドイツ語の副詞バルトに由来、加齢に伴い薄毛となり、誰であれ「やがて」そうなる高齢者の宿命であるが、ミッシング・ティース(欠歯)は人為的、何らかのヴァイオレンス(暴力)に抵抗する精神の証、これだけはマスクやウイッグをつけても覆い隠せない。ミッシング・リングについては、水上勉の『禅とは何か、それは達磨から始まった』(新潮選書)を一読されたい。

帽子がマスクの役割を果たしたケースに事欠かない。例えば、ロシアの画家ナタルヤ・ネストロヴァの画像(2011.3/11のマイブログ記事「帽子のある生活世界の原風景」)、最近では、マルクス・ガブリエルのメイン・コンセプト、ガイスト(精神)を参考にしてほしい。7月14日(水曜日)更新

Shigfried Mayer (宮村重徳)、copyright © all reserved 2021、法政大学大原社会問題研究所嘱託研究員、理解社会学研究室主任、NGO / NPO法人キャッチ・アシャ-・コム代表

 

脚注1:フランスの学会誌の報告では、地球には毎日5200トンのコスミックダスト(宇宙塵)が降り注いでいたことが判明している。東京大学の観測装置「トモエゴゼン」のレポートでは、宇宙から地球に降り注ぐ質量は毎日1トン、

脚注2:NGO花紐社は10年前に宣言済み、NPO法人キャッチ・アシャー・コムにアップグレード中、新たなドメインが取得できたら、追ってお知らせ申し上げます。慈善活動の詳細については、パワーポイントで作成したものをアップロードする予定ですので、しばらくお待ちください。

2021年5月20日木曜日

パンデミックを終わらせる人間の条件とは

 コロナ禍という未曽有の事件をしり目に、諸学の危機を吹き抜けて、安心無事の宗教学が台頭する。これは、禅の祖師ダルマに学んで、壁観(へきかん)して初めてわかること、旧約聖書『コヘレトの言葉』7章29節に「神は人間をまっすぐに造られたが、人間は複雑な考え方をしたがる」とある。まっすぐにとはシンプルに、複雑に考えるはコンプレックスの複合的(複利計算的)に考えると言い換えてもいい。

直線に対して曲線を好み、直球勝負に対して巧みに変化球を多投する。これをヒントに、言葉を弄し好奇心から付加価値を追い求めてもよし、その反対に、あえて何も語らず、「仏即是無心」を以て追い求めざるもよし、不安を煽る有事の危機をしかと理解し、安心無事を人道ならぬ獣道にたどること、危機に瀕した事象の虚実を貫いて働くモノを理解する、右回りに神即自然でもいい、左回りに仏即是無心でもいい、歴史の表舞台から退いて無名とあえてなり、自ら無となって働くモノ(根源者、インフルエンサー)を理解しないと、アッバー父の働きに迫れない、複雑に解釈するヒトの知恵も生かせない。

新約聖書『ヨハネによる福音書5章17節』にある、一切の働きを厳しく禁じる安息日でも、「わたしの父は今なお働いておられる。だから、わたしも働くのだ」との、イエスの言葉が終ぞ誰にも理解できない。真理は饒舌でない、イザヤが45章15節で語るのはパラドックス、隠れたる神(デウス・アプスコンディトス)は言葉の綾でない。神は人をまっすぐでシンプルに造られたが、人がコンプレックスにしたがる、それはなぜか。我先にと競い、ワクチン接種予約にひた走る前に、自分の胸に手を置いてよく考えてほしい。

わたしたちが享受する生物学的遺伝子DNA解析やmRNA改変を駆使した先端モデルのワクチン開発技術は、神の領域に深く踏み込んで久しい。もはや造り主を畏れる人なく、医者・為政者のだれも予期せぬ結果に責任が取れない。AIを占い師とし、貧富の格差を広げる機械仕掛けの神・金の小牛の前にひれ伏す日が近いのは目に見えている、これでは先行きが危ぶまれる。

パンデミックを終わらせる人間の条件は何か。危機のピークを見極め安心無事を得るに、尋ね求めるもよし、追い求めざるもよし。大事なことは、イザヤ書51章1節にある、自分のルートを見失わないよう、「あなた方が切り出された元の岩、掘り出された岩穴に目を注ぐこと」、中国禅で壁観(ビクアン)することに等しい。

道元の言葉(『正法眼蔵』)では心身脱落に脱落心身の両側面を忘れない、偏らないための側写法だ。真理追及のスタイルは真逆だが、アプローチは多様にして多角的なアングルに時間差があっていい。人生半ばで自分を立ち枯れにしない、貧しさを乗り越えて豊かさを身に着けるにも、変位と正位の双極面に意味の位相を見極める上で、パラボレーの技法は役に立つ。詳細は、幻冬舎で出版準備中の『ダルマ・コード』を後で参照してもらいたい。

Shigfried Mayer(宮村重徳)、copyright © all reserved 2021, 理解社会学研究所所長、法政大学大原社会問題研究所嘱託研究員、日本基督教団正教師

2021年5月3日月曜日

心が折れそうな君のために、賢治の詩を朗読する

コロナ禍で苦しむ日本の友へ、マルクス・ガブリエルの哲学はむずかしすぎてわからない、手がつけられない若者たち、今にも心が折れそうな君たちに、新実存主義を先取りした日本モデル、宮沢賢治の詩集から『春と修羅』一読をお勧めする。英語表記のメンタル・スケッチ・モディファイドとは、様々な気苦労で「移り行く心のスケッチ」、文中のツィプレッセンは糸杉、ドイツ語だね。複数形になっている。糸杉は砂漠にも生い茂る神木、旧約聖書の『イザヤ書』(41:19, 60:13など)参照。

読者も詩を各自読み上げて、心に響くメッセージを一緒に確かめてもらいたい。全文は青空文庫にあり、ダウンロードしてアマゾンのキンドル(kindle)でいつでも読めるようにしておくといい。鈴木大拙(『無心』、岩波文庫)の「動態禅」に共鳴するところがある。『考えるヒント』(小林秀雄)以上に、『理解社会学』(ヴェーバー)への確かな手がかり・先行く道を塞ぐ障壁を超える足掛かりになればいい。

春節の因縁、今日は5月3日、4月にブログ掲載予定だった。『春と修羅』は1922年4月8日の日付になっている。

 

春と修羅

(mental sketch modified)

心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植
[ふしょく]の湿地
いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様
(正午の管楽(くわんがく)よりもしげく
 琥珀
[こはく]のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路(めぢ)をかぎり
 れいろうの天の海には
  聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ
   ZYPRESSEN
[ツィプレッセン]春のいちれつ
    くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
      (かげろふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (玉髄
[ぎょくずい]の雲がながれて
   どこで啼くその春の鳥)
  日輪青くかげろへば
    修羅は樹林に交響し
     陥
[おちい]りくらむ天の椀から
      黒い木の群落が延び
       その枝はかなしくしげり
      すべて二重の風景を
     喪神
[そうしん]の森の梢から
    ひらめいてとびたつからす
    (気層いよいよすみわたり
     ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN
しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截
[き]る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN
いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ

 

Shigfried Mayer(宮村重徳)、copyright © all reserved 2021, 理解社会学研究所所長・法政大学大原社会問題研究所嘱託研究員