2015年7月24日金曜日

若輩の友となり、庶民の目線で思索三昧、鶴見俊輔の生涯を偲ぶ

 いち早くパースのプラグマティズムを日本に紹介し、閉鎖的なアカデミズムの壁に風穴を開けた、鶴見俊輔を偲ぶ。若者の友となり、徹頭徹尾庶民の言葉で思索し行動した人、2015720日肺炎を患い逝去、享年93歳。1965年に小田実らと「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)を結成、安保条約改定の強行採決に抗議して東工大助教授を辞任した61年以降、「日常性の思想の可能性」(67年)を追求。70年に学園紛争の際に機動隊導入に抗議して、同志社大学教授を辞任。その後、経済学者の都留重人・理論物理学者の武谷三男・同じく理論物理学者で情報科学に詳しい渡辺聡・キリスト教思想史家の武田清子・政治思想家の丸山真男らと共に九人で思想の科学研究会を立ち上げ、「思想の科学」誌を創刊。何を隠そう、当時東京神学大学の学生だった私の愛読書の一つとなった。
 数年前、私はドイツのヘッセン州の女性市長が日本を尋ねてきたときに、文京区の市民会館で通訳をしたことがある。その際に小田実とは個人的に知り合えたが、鶴見俊輔とは残念ながら面識を得ることは一度もなかった。それでも、ハンセン氏病患者の社会復帰を先頭に立って支援した人なので、深く心に留めていた一人である。安全保障関連条約が強行採決された自民党阿部政権の今日に於いて、何よりも先んじて辿るべき「一里塚」的存在である。若者たち、お上(アッパー)の目線でない、常に下(ボトム)から考えることを学ばせたこの先人を思い見なさい。5月27日更新

Shigfried Mayer(宮村重徳), copyrights © all reserved 2015, the Institute for the interpretative Sociology Tokyo