2015年4月11日土曜日

仮想的生の実践、まるで初めてすることであるかのように

「ゆとり世代」は実は「焦り世代」?の、デジタルネイティブな君たちだからこそ、あえて言いたい。一切の縛りから解放されて、「まるで初めてすることであるかのように」、何もビビらず焦ることなく、仮想的に生の根源を問い且つ実践しなさい。壁となって立ちはだかるモノと向き合うに、死への勇気と気取る必要はない。与えられた自分の悟性を使って理解し判断すれば、過剰で無縁な情報に惑わされず、一切の苦役なしに無やゼロ(生誕)の根源から安心して生きる勇気が持てるようになるよ。ジェンダーのバリヤはない。法師ダルマに続き、哲人カントとアーレント学習をお勧めする。ヴェーバーとハイデガーの勉強はその後でいい。考えることが苦手な人は、森鴎外の「かのように」を参照せよ。
Shigfried Mayer(宮村重徳), coyrights © all reserved 2015, the Institute for the Interpretive Sociology Tokyo