2014年11月10日月曜日

個人的所感:「ベルリンの壁崩壊」後、二十五周年に寄せて

ちょうど25年前の1989119日に、東西ドイツを隔てていた「ベルリンの壁」が一挙に崩壊するという、画期的な事件がありました。長く続いた「冷戦構造」が一気に崩れた象徴的事件でしたね。わたしはすでに198610月に帰国していたので、日本で聞き知って驚いたのは当然です。当時のベルリンは孤島のように、周囲に張り巡らされた鉄条網を初め、3メートル近い高さの分厚い石壁で仕切られていた光景を何度も目撃しています。ベルリンは三度ほど訪問した記憶があり、越境しようとして無残に射殺された東ドイツ市民のニュースを聞くたびに、我がことのようにひどく悲しんだものです。国境を越えようとする外国人のわたしたちにも、厳しいチェック体制が敷かれていました。バスに乗り込んできた兵士がカバンを開けよと迫り、不審なものが入っていないかと、躍起になっていましたからね。
当時西ドイツのコール首相は大した政治家ではありませんでしたが、やはりあのゴルバチョフ(当時のソ連邦の大統領)が鍵ですね。あの人がいなかったら、ベルリンの壁が崩壊するなど、夢のまた夢に過ぎなかったことでしょう。「人が法を追う」仕方、いくら法の公義を求めても、所詮追うだけでは何も始まらなかった。厳密な意味で、「法が人を追う」、つまり理に適う人物を得て初めて、公義の法が成し遂げられ、世紀の大変換をもたらしたと言えそうです。これは三蔵法師の言葉ですが、法が慕い求める人物足らんとする若者の出現を期待したい。

Shigifried Mayer(宮村重徳), copyrights © all reserved 2014, the Institute for the Interpretive Sociology Tokyo