2011年3月1日火曜日

「帽子」のある、生活世界の原風景

Die huttragende oder aufrecht zu behütende Lebenswelt als Ur-Landschaft
3月と言えば「雛祭り」の季節、ということで、今回は特に肩の凝らない、見て楽しい話をすることにします。中でも、生活世界に欠かせない「帽子」(der Hut)について、一緒に考えてみましょう。帽子の歴史はとても古いようです。頭に帽子を被るのは、ヘルメットのように頭部を「保護する」(behüten)または 「保護される」という目的以外にも、1780年以降ヘレンフート(Herren-hut)の名の通り、初めは男性用として「保護されている」(in guter Hut sein, unter der Hut sein. /die Hut)身上を保証するモノでした。最初の素材には、17世紀までビーバーの皮(Kastor-hut)が好まれていましたが、それが豚革のフェルツ(Filz-hut)に変わり、次第に絹の製品(Seiden-gewebe, Silk-hat, 上)が主力となり、新旧大陸の市場を席巻します。やがて大量生産可能な安価な、ビロード(中)や麦藁(下)製の代用品に変わります。注目すべきは、帽子それ自体が支配社会学的な造形物(象徴)だったことです。しかしその後は男性に限らず、女性たちも自分の身を美しく着飾るために被るようになりましたね。女性解放が進んだ今日では、帽子本来の意味が薄れスタイルも変容しました。
そもそも、欧米の男性たちが被っていたシリンダー状の頭部と広いツバを持つあの奇妙な帽子、のっぽのシルクハット(Zylinder-hut, Silk-hat)は何だったのでしょうか。現代日本人は帽子を被る習慣がないので、想像つかないでしょうか。右下のイラストをご覧ください。古来帽子は社会的身分、つまり自分の「身」の権威と尊厳(Autorität und Würde)を表す象徴、ステイタス・シンボルとして広く愛用されていました。例えば、イギリスの故チャーチル首相やアメリカ合衆国のリンカーン大統領、デンマークの哲学者キルケゴール、ハリウッド映画の天才チャップリンの肖像画を思い出せば想像がつくでしょうか。
今回ブログで考えてみたいのは、帽子が特定の社会的役割(自分らしさ、人格性の要件)を果たしているという点です。歴史を遡るとすぐに分かることですが、殊更に帽子を必要とし今でも愛用している人々がいます。ユダヤ系の人々です。それはいったいなぜでしょうか。
例えばナタールヤ・ネストロヴァ(Natalya Nestorova)は、1944年生まれのユダヤ系ロシア人の画家で、ロシアに於けるユダヤ人文化の精神的支柱となった女性です。「過ぎ去った時代の絵画」(Die Bilder aus der vergangenen Zeit)などを主題に、小鳥・帽子・小舟などのメタファー(隠喩)をふんだんに使用して、他に類のない非常にユニークな作品を残しています。最初の絵は「ロシアの遍歴者たち」(Russian Wanderlings)、次の絵は「飛び去った鳥」(“Vogel, der wegflog” Bird that flew away)、三番目は代表作の「壊れた翼」(Your Wing is broken)です。とくとご覧ください。(但し著作権の関係上、私的観賞以外の目的には使用しないでください。右上のシルクハットのイラスト以外は、ライセンスフリーではありません、ご注意ください)



  
                                                           
         
皆さんがこれらの絵から何を想像されるかは、とても楽しみです。詳細は後でお聞きすることにして、最初の絵の特徴は、公共の場でマスクをしたヒト(das Man)の「顔つき」(Mask, Gesicht)、二番目の絵は、転んだ人の「顔」、飛び去った鳥(飛鳥)へ戸惑い慌てる「視線」、魂消た様子でもんどり打つ「体」の動き、それに顔を剥き出しにして傍らに落ちる「帽子」です。 三番目の絵は「堕落天使」(ルシファー)のことではありませんよ。就活中の「君の翼がブロークンしてしまった」かに見える、リスクとブレイクアウトを予感させる、衝撃的な造形イメージです。背景がネストロヴァの好む「郊外」でなく、頽廃した「都市文化」の頭上で有る点に注目してください。
次の絵は「舟」(“Schiff”、1966年)です。「ボート」に乗るカップルは、密かに「身」を寄せて生きる、自分たちの世界をイメージしたものです。その下にある「(モスクワ)郊外を散歩する人たち」(Spaziergaenger)の絵と合わせてご覧ください。


   

               
背景の遠近法云々より、ここでも「帽子」が特徴的です。ボートに乗った二人は、自分たちの顔を帽子で隠していますね。「彷徨えるユダヤ人」たち(Wanderling Jews)の特徴・心情をよく言い表しています。下の絵は、遙か極寒の東方へと監視の目(追っ手)を逃れ、モスクワ郊外を安堵して「散歩する人々」です。彼女(ネストロヴァ)は民衆の画家として、苦渋に満ちた遍歴者たちの生活世界の只中で、「平常底」を生きるヒトたちの姿をストレートに描いています。「ネストエロヴァが描くキャラクタのほとんどの顔は、観る人から隠されている」。何よりも「壁として宇宙の深部にある見えざる宇宙の智慧の泉に瞑想入りする」仕方で、「観る人からその顔を背けている」(A.ゲルツマン)のです。ユダヤ人男性は「帽子」に、ユダヤ人女性は「鳩の翼」に、ユダヤ人であれば誰であれ、ジェンダーフリーの「壁」(Wand, Wall)に自分の「顔隠し・神隠し」をする他ないのです。
  よく考えてみると、日本でも幕末までは旅の道中「三度笠」を被ったり、野武士や虚無僧のようにすっぽりと頭部を覆う深い「笠」を愛用していました。その目的は、自分の「身」を隠すため、公共の面前では匿名で有る必要があったからだと思われます。その証拠に、忍者や隠密であれば半開きの笠に代えて、字義通り「覆面」するわけです。それに対して、仏法僧たちが笠を被って修行の旅をするのは、自分の栄誉・家族・財産を捨てて「頭陀行」の証をするためでしょう。禅では、「無名とあえてなり、歴史から自分を隠して生きる」ダルマ門下生(松岡由香子)が、そのお手本だと言われています。「悟るということも無い」から、称号も戴冠もいらない、つまり無冠です。ところが、キリスト教でもカトリックの修道院では、一定の役職を表す帽子(身の位を指す一種の戴冠)がありますね。例えば、ローマ教皇が頭部に被る煌びやかなモノに注目してみてください。プロテスタント教会では、全く見られないことです。「キリストのケノーシス」(自分を無とする実践)をするにしても、牧師に帽子や戴冠は一切無用と言うことでしょうか。牧師が帽子を被るのは、せいぜい個人の趣味の範囲でしか見られません。やはりユダヤ系の人々に、帽子を被る格別の理由・必要性があったことは、歴史が教える疑えない悲しい実物教訓です。これは、より深層の「先験的主観性」(フッサール)を「最終産物」(Endprodukt)とする・見なすだけでは説明できない、忘れられた生活世界・忘れられない過去性(忘れてはならないホロコースト)を振りかえさせる討議のシャンスとして、皮肉にも『存在と時間』(ハイデガー)の避けて通れない課題、「ユダヤ教とケノーシス」の問題(レヴィナス)となるでしょう。もっとも、ユダヤ人のフッサールだけでなく、ハイデガーも森を散策するときは、自分の帽子を被っていたようですが、これは風土的な身なりでしょう。(続)

Shigfried Mayer , copyright all reserved 2011 by 宮村重徳, the Institute for Rikaishakaigaku


脚注:
このブログ記事は、拙著『史的ダルマの研究-ボーディ・ダルマと「彷徨えるユダヤ人」』(出版準備中)で展開した内容から、ほんの一部を分かりやすく日常言語で紹介したものです。次回は、「「障害」のある、生活世界の原風景」です。「生活世界の現象学」シリーズの一環として、四季の折々に投稿するつもりです。上記の拙著は、出版費用が整い次第、刊行する予定です(スポンサー募集中)。
       Natalya Nestorova の画像は、Lehmann College Art Gallery・The City University New York の管理下で展示されています。旧いアーカイブについては以下のアドレスで参照、Archives → http://www.lehman.edu/vpadvance/artgallery/gallery/
 Loschek, Ingrid: Reclams Mode- und Kostümlexikon. Stuttgart 5. Aufl. 2005.; A. Gerzmann のエセーについては、後で報告します。  
③ 松岡由香子、『慧可伝』(花園大学禅学研究所)