2013年9月4日水曜日

一杯の茶でブレイクする新たな世界、詩人・塔和子さん追悼記

 2013828日、ハンセン氏病の詩人・塔和子さんが、83歳で逝去された。心より、追悼の意を表したい(9月6日更新、データ補正)。
 振り返れば、あれは196312月のこと、わたしが高校生で若年18歳、クリスマス祝会を開くために大島青松園を訪れた時、あなたは一夜明けて次の日に、わたしを自宅に招待してくれた。洗礼を受けられる一年前、クリスマスの祝日でしたね。何気なく差し出された茶碗に手を付けて、ためらいつつも飲んだわたしを、固唾を飲んで見守ってくれた塔さんの、あの熱い眼差しを忘れることができない。菌が外に出ないという意味で健常者の扱いを受けているとしても、その人の茶碗で飲み物を口にすることは危険だとされ、少なくともひどく憚られていたから。誰がためらわないでおれようか。
 一瞬のためらいにも、薬師の神を信じあなたを信頼して茶を飲んだ(未成年で怖いもの知らずの)僕を、驚きを隠さず目を細めて見守ってくれた。塔和子さん、心を揺さぶるたくさんの詩をありがとう。安らかに眠れや主のひざ元で、天窓の星の光となって輝けよ、闇夜に舞う風光の美・いのちの詩を歌うあなたの声を、いつまでも天地に響かせ僕たちに聞かせてよ。

 朽ち行く存在の深み(混沌の淵源)を看破し、無の苦衷から命を謳い上げる(「本質から湧く言葉で」、大岡信)謳う詩が数多くある中、今でも私の心に刺さる塔さんの詩、「新しい世界」は一見何の変哲もない詩のようだが、自分の殻を破れずに鬱に陥り、四方壁の孤独な世界に引きこもる君、就活で疲れ路頭に迷い立ち竦んでいる君たちへのメッセージだろう。破って飛び出そうとしても、(当時は)不治の病のため一歩も島の外に出ることが許されなかった人の歌である。
 
*詩のモティーフとなっている聖書の言葉、マタイによる福音書9章16-17節については、2010年12月に投稿した5番目のブログ「ワイナリー革新の技法」を参照のこと。
「破る」はブレイク、「破れた」はブロークン。「破って出る」はブレイク・スルー。その意味で何度も読み返してみて欲しい
(以下は『いのちの詩』から、塔和子詩選集、編集工房ノア、2003年、41-43頁)
 
 「新しい世界」


破れたものは
繕わぬがいい
繕ったところで醜さばかりが残る

太陽は雲を破って光りを漏らし
蝉は殻を破って飛び立つ
私は心の破れ目から言葉を引っ張り出す

物の破ればかり繕っている貧乏所帯も
破って飛び出すところがあれば
破るにこしたことはない

破る破れ
破り破れる
破って捨てよう合わなくなった小さな服
小さな城
破って飛び出さなければ
自分が縮むだけだ
破ったら
破ったものは気前よく捨てよう
破れた夢も
壊れた話も
夢よもう一度などと
みみっちいことを言うな
出てきたところは
いつも
 新しい世界だ

Shigfried Mayer(宮村重徳), copyrights © all reserved 2013, the Institute for Rikaishakaigaku 

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