2018年12月19日水曜日

スモール・トークとトークン・エコノミーで何が違う

 十二月十六日(日曜日)の日本経済新聞の朝刊に、『育つか「トークンエコノミー、投稿と「いいね」に報酬」の記事が掲載されて今話題となっている。「スモールトーク」はご存知だろう。オブジェクト指向型のプログラミング言語である。アラン・ケイ以来、スモールトークの環境を構成し、オブジェクトにメッセージを書き込んで命令を実行する。トークンは過去分詞形。名辞的に「しるし、証拠」、「形見、記念品」、「代用貨幣、商品交換券」を意味する。そこから「トークン・エコノミー」が今話題となる。本来の意味とは異なり、トークンをご褒美のお金の代わりにデジタル権利証を付与する仕組みだと理解されている。「いいね」ボタンをクリックして報われるという発想には、怖いリスクが付きまとう。事実、インターネット上で仮想通貨のビット・コインが闇で流通する中、詐欺被害を被る事件が相次いでいる。トークンはネット上の「世間話、お喋り」の類、公共性のマスクした非本来的実存だとハイデガーが批判した経緯を思い出す。日常世界で見受ける何でもない言語事件のようであるが、トークンを売り物とするエコノミー的発想には驚かされる。
 マックス・ヴェーバーの「客観性論文」(『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』、一九〇四年)をたたき台にして事態の成り行きを見守り、「価値自由」の立場から、社会問題史の一環で事実関係を検証したい。トークンをお金に代わるお返しのご褒美とすれば、デジタル権利証を売買する行為に他ならず、価値付け評価の柵を持つ限り、デジタル時代に奴隷制復権の隠れ蓑となる。かつて免罪符の売買を巡りルターの宗教改革が必要とされた状況とよく似ている。客観性論文の外に、関心のある読者には『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(ヴェーバー)の再読をお勧めする。ヴェーバーで不十分と感じるなら、マルクスの『資本論』が参考となる。
Shigfried Mayer(宮村重徳)、法政大学大原社会学問題研究所、嘱託研究員

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